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行春

 去年は行けなかったから、今年は花見行こう。
 そういう旨のメッセージが、友人から届く。花見の最盛期も過ぎて、そろそろ人も疎らになっているだろうと予想して、よし行こう、とメッセージを返した。

 花見当日。友人宅から一番近いスーパーが待ち合わせ場所である。五、六分前に到着して待っていると、前方にニヤニヤしながら近づいてくる友人の姿が見えた。

「〇〇に会うと安心する。何も変わってなくて」
「よく会ってるからでしょ」
「そうかな」
「そうでしょ。数年会わないようにすれば、誰だって見違える」
「うーん、そんなもんかね」

 こんな中身のないやりとりをしながら、桜見の現場に向かう。
 予想に反して、桜を見る人の数はまだまだ多かった。話し声に耳を傾けてみると、様々な言語が飛び交っている。もしかしたら、日本語話者は僕たち二人だけかもしれない。そんなことも思ったりした。

「さて、桜見ながら、これ読みますか」

 桜の見える、手頃な石段に腰を下ろすと、友人はバックから一冊の本を取り出す。表紙には"蕪村句集"とある。

「句集読みながら、桜見るの? 渋いなー」
「おっ、蕪村も同じこと感じてんじゃん、みたいな句が見つかるかな、と思ってね」

 そう言って、友人は本を捲り始めた。

「けふのみの春を歩ひて仕舞けり
(訳:今日かぎりの春をあちこち歩き暮れてしまった。)」
玉城司訳注『蕪村句集』角川ソフィア文庫、P97)

 これとかどうよ、と言って、一句読みあげる。過ぎ去ろうとする春をうたった句のようだ。一発目から、なかなか良さげである。
 満足げな友人の表情を見て、私も一句選びたくなった。「自分にも選ばせて」といって、友人から本を受け取ると、更なる名句を求めてページを捲る。

「花ちるや重たき笈(おひ)のうしろより
(訳:花が散って行くよ。重たい笈の背後から。)」
玉城司訳注『蕪村句集』角川ソフィア文庫、P409)

 読みあげた後、数秒の沈黙が流れる。「……"おい"って何?」と問われたので、「行脚僧や修験者などが仏具・着替え・食器など荷物を入れて背に負う箱、って書いてある」と答えると、「……その句を選ぶの、ちょっとカッコつけ過ぎやな」と言われてしまった。

 結局この日は、桜をちらちら見ながら、『蕪村句集』で遊びたおした。俳句の面白さに気づけた、充実の一日だったと思う。



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