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腹=心

 私は人間関係の深さを、一緒に食事をしたことがあるか、で判断している部分がある。
 SNSの普及によって、人とつながりやすくなった時代であるからこそ、直に会って、料理を挟んで話をする時間を大切にしたい。
 本音をいえば、私は社交的な趣味を持ち合わせていないので、コミュニケーションの時間を確保したいと思えば、どうしても食事に頼ってしまう。「なんか○○といるとき、いっつも飯食ってる気がする」と弄られたこともある。
 人付き合いが得意ではないのだ。大目に見てほしい。

 同じテーブルを囲んで、腹を満たす。この行為が、親交を深めることにつながるという考えは、世間で広く共有されているものだ。
 このことは、私たちが日常的に目にする、または口にする、言葉や表現にもあらわれている。

「昔から「腹」には「心」が宿ると考えられていて、「腹」が絡む言葉には、心あるいは感情にまつわるものが多く存在している。」
福田里香:著、オノ・ナツメ:画『物語をおいしく読み解く フード理論とステレオタイプ50』文春文庫、P24)

 人々に特定のイメージや感覚を抱かせる、食べ物に関する言葉や表現を「ステレオタイプフード」と名付け分析する福田里香(料理研究家)は、「腹」にまつわる言葉に「心の動き」を示すものが多いことに注目する。
 腹を割る、腹をくくる、腹に一物ある、腹黒い、腹を立てる……挙げていくと、キリがない。

「日本の刑事ドラマ最大のステレオタイプフードといえば「取り調べ室のカツ丼」だ。これもまた、初出不明で、すでにテープが存在しない戦後昭和のテレビドラマやラジオドラマあたりが初出だろうか。いずれにしてもカツ丼が、かなり高価な食べ物であった時代のはずだ。「取り調べ室のカツ丼」話は、なかなか口を割らない被疑者に、安月給と想像される刑事が、特別な計らいとして、「自腹」で出前のカツ丼を取ってやるというものだ。そして情にほだされた被疑者が、温かいカツ丼を頰張るのをきっかけに、「わたしがやりました」と堰を切ったように、涙ながらに犯行を自供しだすという展開。自供の理由は「刑事さんの温情が腹にしみた」からである。」
福田里香:著、オノ・ナツメ:画『物語をおいしく読み解く フード理論とステレオタイプ50』文春文庫、P27)

 自腹のカツ丼によって「腹」が満たされた被疑者が、結果的に刑事と「腹」を割って話すようになる。この定番の場面から、福田が「昔も今もひとは「腹=心」と捉える」(P27)と指摘している点は、大変興味深い。
 ちなみに、私が冒頭で述べた「一緒に食事をしたことがあるか」云々に類するものとして、本書では「仲間は同じ釜の飯を食う」が紹介されている。私自身、無意識のうちに、「一緒に食事をすれば、ある程度腹を割って話せる仲になるだろう」と考えてきたのかもしれない。



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