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避暑地

 暑い時節が始まると、私は本の中に快適な空間を求める、「読書・避暑地計画」をスタートさせる。
 もし経済力があれば、箱根や軽井沢あたりに、物理的な避暑地=別荘をかまえるのだが、そんな余裕はない。であれば、一冊3〜4桁円の本の中に、避暑地を求めるしかない。

 こんな話を、先日食事を共にした友人に話したところ、「あいかわらず変わってるなぁ」といった感じで鼻で笑われた。
 私が不愉快になったのが伝わったのだろう。友人は繕うように、言葉を継ぐ。

「まあ確かに、本の中だったら、地表の暑さに囚われなくて済むしな〜」
「そうそう、そういうこと」
「素晴らしいアイデアだわ」

 わざとらしい反応が続く。私も途中から相槌を打つだけになった。

「最近だと、海底とか話題だよね。関連の本読んだことある?」
「海底は……ないね、興味はあるけど」
「これを機会に読んでみたら? 良い避暑地になるかもよ」

 友人の提案を破棄する理由もない。私はとりあえず、何か一冊、海底の本を読んでみることに決めた。

 実際に海底本を手に取って気づいたのは、海の底に潜れば潜るほど冷たくなる、というほど、海底は単純ではないということだ。水深が増すにつれて、水温が急低下する場所があり、反対に高温を示す場所もある。どちらにせよ、「良い避暑地になるかもよ」などと悠長なことは言ってられない環境だ。

「私たちが暮らす地表は、太陽の光が降り注いで明るく、生命が生きていくための栄養がたくさんある、開放的な世界です。それに対して海底下は、太陽の光が届かない暗黒の世界。栄養も乏しく、数千年から数千万年といった地質学的な時間をかけて積み重なった堆積物や岩石に囲まれた、高圧のキッツキツの世界です。」
稲垣史生『DEEP LIFE 海底下生命圏』講談社、P3〜4)

 引用したのは、深海の底(水深約4000メートル)のさらに下(海底下)の環境について紹介した書籍からの一節。
 掘削により実態調査が進められている「海底下」は、110〜120℃の高温環境。栄養源は、海洋に暮らす生物の死骸や排泄物などから成る「マリンスノー」で、しかもそれは海底の微生物の食い漁った残りとなっている。住・食の極限状態の中で、「海底下」の生き物たちは生活しているのだ。

 海底下の実態に少し触れただけでも、私たちがいかに「快適」な環境で生活しているかが分かる。
 暑い日々が続いていたとしても、周囲の気温であれば調節することが可能であるし、飲食で身体を冷やすこともできる。

 私は「読書・避暑地計画」の実行により、本の中に「快適」な空間を見出すのではなく、実はいうほど現実空間も悪くないことを思い知らされたのであった。



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