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人間椅子

 物語の設定は知られているけれど、案外読まれていないな、と思える作品がある。
 こういう作品は、大抵設定が強烈すぎて、だいたい内容はこんな感じだろう、と想像もしやすい。会話中に作品の話題が出れば、この強烈な設定を口にしさえすれば、実際に読んだかを疑われることもない。

 上記に当てはまる作品として、私が真っ先に思い浮かべるのは、江戸川乱歩の「人間椅子」だ。
 まずタイトル。この漢字四文字だけから、設定を言い当てられる人もいるだろう。
 一人の椅子職人が、妄想と欲望の末に、自ら椅子の内側に入り込み、一体化することを決意する。ーー実際の設定はこんな感じである。
 もし友人との会話の中で「人間椅子」の話題が出たとすれば、おそらく誰かが以上のような設定を口にするに違いない。
 ……さて、面白いのはここからである。
 椅子職人が椅子の中に……から進んで、さらに細かい設定の話になると、どうなるか。
 個人的経験では、ここでぽつぽつと「実は人間椅子読んでないんよ」という告白タイムが始まる。こちらから問い詰めたりしていないのにである。

「美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせるほども、有名になっていた。彼女の所へは、毎日のように未知の崇拝者たちからの手紙が、幾通となくやって来た。
 今朝とても、彼女は書斎の机の前に坐ると、仕事にとりかかる前に、先ず、それらの未知の人々からの手紙に、目を通さねばならなかった。
 それは何れも、極りきったように、つまらぬ文句のものばかりであったが、彼女は、女のやさしい心遣いから、どのような手紙であろうとも、自分にあてられたものは、ともかくも、一と通りは読んで見ることにしていた。」
江戸川乱歩『人間椅子 他九編』春陽堂書店、P6)

 椅子職人が自身の所業を告白する。それは、ある女性作家に送られた原稿紙上で行われるわけだが、これは「人間椅子」という作品を味わい尽くす上で、大変重要な設定となっている。何せ、この作品のオチと大きく関わってくるだ。

 ここまで読んでくださった方の中には、おそらく「人間椅子」をまだ読めていない、という人は少ないと思う。……もし、未読の方がいらっしゃれば、速やかに一読されることを勧めたい。




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