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行きつけ

 私には行きつけのインドカレー店がある。
 両手両足の指では数えられないぐらい通っているから、「行きつけ」と呼んでも噓にはなるまい。店主にも、幾度か「また来たね」と声をかけられたこともある。
 顔を覚えられてしまった原因は、はっきりしている。その店は、セットメニューを頼むと、ナン及びライスがおかわり自由であることもあって、私は自分でもドン引きするぐらいおかわりしまくったからだ。店主が嫌な顔一つせず、「まだいけるね?」と積極的にナンを追加してくれたことには、今でも感謝しかない。

 街を歩いていると、「またナン、食べにいこうかな」と思うタイミングがある。それは、別のインドカレー店の前を通って、スパイシーな匂いを嗅いだときだ。そのまま店に入ってしまおうかなとも思うが、踏みとどまる。日を改めて、行きつけの店に顔を出そうと決める。
 私が寄らなかった店も、誰かの「行きつけ」になっているのかな。そう考えるとき、日本に広がるインドカレー店の世界に思いを馳せる。

 思いを馳せる瞬間があったならば、次にすることは決まっている。インドカレー店の世界は実際どうなっているのか、学ぶのだ。

「そもそも、ネパール本国やインドを旅したことがある人なら知っていると思うが、バターチキンカレーが主役のようにふるまっている店は、現地ではそれほど多くない。パンにしても、向こうではナンより、もっと素朴なロティやチャパティ(どちらも全粒粉を使ったパン。ふつう円形で薄いクレープ状)が一般的ではなかったか。オレンジ色の謎ソースがかかったサラダはいったいなんなのか。」
室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』集英社新書、P11)

 引用したのは、ジャーナリスト・室橋裕和のノンフィクション本からの一節。
 集英社新書から出ているもので、表紙のナン、カレー、サラダの写真が食欲をそそる。私は同時に読書欲もそそられて、手に取るに至った。
 一度でもインドカレー店に足を運んだことがある人なら、上記の引用文には「たしかに……」と頷けることだろう。どの店舗を覗いても、(味は別として)ナン、バターチキンカレー、サラダのセットが用意されている。
 私は恥ずかしながら、ネパールやインドでも同じような料理がよく食べられていると思っていた。そもそも人によっては、「えっ、あのインドカレー店って、ネパールの方がやってたの?」と驚いている可能性すらある。
……やはり、知らないことばかりだ。

 なぜ全国津々浦々で、インドカレーの店を見かけるのか。その増殖の内幕を知れるのも、『カレー移民の謎』の魅力の一つである。

「コックが経営者となる過程でブローカーになって人材ビジネスを展開し、彼らに大金を払って日本に来た人たちもやがて同じようなルートをたどる。こんなサイクルができ上がった。肝心のカレーはぜんぜんおいしくなくて、閑古鳥が鳴いているのに、ふしぎとつぶれない……そんなインド料理店も見るようになったが、こうした店の本業は「ビザの手配」なのだとRさんは語る。また、ネパールから呼んだ人間を自分の店で働かせるならまだしも、工場に「派遣」するケースもあったと聞く。」
室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』集英社新書、P176)

 独立開業したコックが、母国からコックを呼び、そのコックもまた独立開業する。この暖簾分け的なシステムが、インドカレー店増殖の基礎となっている。
 ここで問題となるのが、このシステムが別のビジネスに利用されている点。上記の引用文にもあるように、インドカレーの商いよりも、コックのブローカーとして人材ビジネスをした方が、儲かる。ここに、搾取される労働者が生まれる。

 自分の行きつけのインドカレー店は大丈夫だろうか。学びを深める過程で、不安が頭をよぎった。
 料理の味は美味いし、店舗拡張するぐらい、ある程度儲けているようにも見える。搾取構造の上に成り立つ店でないことを、心から願ってやまない。



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