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優しさのおすそ分け|飛騨さんぽ

飛騨さんぽは、紆余曲折を経て雪国・飛騨に移り住んだ浅岡里優りゆさんが、日々の暮らしの中で感じた飛騨の魅力を飾らない言葉で綴る連載です。第1回は、飛騨古川に暮らす人々の優しさについて。

 私が暮らす飛騨古川は、戦国時代の武将・金森可重かなもりありしげが築いた城下町である。

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雪化粧した飛騨古川の白壁土蔵の街並み

 飛騨といえば高山が有名だが、飛騨古川も高山に負けず、歴史情緒あふれる街並みが残っている。

 一般的に、こういう歴史的に魅力ある場所は観光的な要素が多くなりがち。賑わいがあっていいなと思う一方で、どこか作られた雰囲気を感じてしまうこともある。

 古川もたしかに観光客は多いが、観光地っぽさを感じない。ここには、人々のリアルな暮らしが溶け込んでいる。お店も現地で暮らす人達が日常使いするものばかり。中心市街地にはいわゆるチェーンの飲食店がひとつもない。ひとつひとつのお店に味があり、飛騨古川という街の色をつくっている。

 心くすぐられる情景と、人々の暮らしが息づくこの街の雰囲気がたまらなく好き。私が飛騨古川に住みたいと思った理由のひとつがここにある。

飛騨に移住したワケ

 と、飛騨の魅力にどっぷりはまりこんでいる私だが、じつはここに来たのはつい最近のこと。いわゆるデキる奴になりたくて、地元の福岡を飛び出し7年。「仕事が恋人」と言ってしまうくらい、東京で仕事にのめり込む毎日を送ってきた。でもあるとき、せわしく過ぎる日々の中で何かが弾けて、動けなくなった。なんのためにがむしゃらに走り抜けてきたのか……。

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 そんなとき、一緒に暮らしていた彼の地元・飛騨で暮らすという案が浮上した。それまで東京を離れるという選択肢は私のなかになくて、結婚したとしても東京をメインにたまに飛騨へいく別居婚スタイルがいいな、と考えていた。

 でも、行き詰っていた私はゼロから選択肢を見つめ直した。そして飛騨に何度か通ううち、その魅力にどんどん惹かれていった。それは人だったり、自然だったり、文化だったり。ここならば、自分らしい生き方を模索していけるかもしれない。

 そう思ったら行動は早い。2021年1月に飛騨市役所の移住相談をたずね、4月に引っ越すという猛スピードで飛騨にやってきた私である。

 この連載では日々起きるいろんなエピソードを通じて、飛騨の魅力を伝えていけたらと思う。

 今回は、引っ越してきた頃の出来事から飛騨を紹介したい。

飛騨到着の夜

 4月8日。東京暮らしの荷物をまとめて送り出し、自分たちも飛騨へと向かう。移動にはだいたい4〜5時間かかる。いままでの私おつかれ。これからの自分にエールを!と缶ビールを新幹線でブシュッとあけて、ゆるゆる飲んでも全然たどり着かない距離。笑

 飛騨古川駅に到着したのは夜の21時頃。人生初の田舎暮らし、しかも初めての雪国暮らし。不安と期待が入り混じりながら駅に降り立った。

 改札を出ると数人の人影がみえる。その一人が私を見て「あ!」と声を上げ、駆け寄ってきた。引っ越す前に何度か通ったけれど、飛騨にはほとんど知り合いもいない。誰だろう。

 それは飛騨市役所の職員さんだった。今ではとても仲良くさせてもらっているが、そのときは何度かお見かけしたことがあるくらいでしっかりとお話したことはなかった。それなのにもう面が割れている……田舎恐るべし。

 という面もあるけれど、何度か通っただけなのに覚えてくれていて声までかけてくれる。そして移り住んできたことを喜んでくれる。なんて温かい人との繋がりがある場所なんだろうと嬉しくなった。

 東京の役所だったら、なかなかこんな関係は生まれないと思う。ちなみに、飛騨では街を歩くと小学生や中学生が元気よく挨拶してくれる。後ろから声をかけられ、ビックリして心臓が止まるかと思ったこともある。

 小さなコミュニティだから顔が見える関係になりやすいだけでなく、相手を受け入れる心の広さや優しさがここには息づいてる。そんなことを感じた飛騨到着の夜だった。

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優しさのおすそ分け

 いよいよ新居での暮らしがスタート。まずは両隣に挨拶しようと伺うと、お隣さんが畑で農作業をされていた。

「おはようございます!」

 大きな声で挨拶すると、春の木漏れ日みたいな優しい笑顔で迎え入れてくれた。「両隣がずっと空き家だったから、なんだか寂しくって。お隣さんができてすごく嬉しい」とよろこんでくれた。

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筆者が借りている一軒家。現在、改修しながら暮らしている。

 東京に暮らしていたとき、引っ越しの挨拶に伺ったらちょっと迷惑そうにされたことがある。だけど、ここではそんな心配はいらない。ご近所まわりも優しい人に恵まれてありがたいなと思いながら家に戻り荷解きしていると、さきほど挨拶したご夫婦が何やら袋を持って訪ねてきた。

「これ、おりな。たべてみて」とお野菜をおすそ分けしてくれた。

「おりな」という野菜を今まで知らなかったが、飛騨ではよく食べられる郷土野菜で、菜の花のことらしい。「折った菜」ということで「おりな」なんだそう。うん。そのまんま!でもこういう真っ直ぐなところも飛騨らしい気がする。

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 それからも、飛騨の人たちの優しさのおすそ分けは続いた。

 翌日、おりなの御礼を伝えにいくと今度は大きくて立派な飛騨ネギをいただいた。挨拶すると野菜をもらえるのが飛騨なのか……と驚いていると、新たなおすそ分けが届く。引っ越しを手伝いに来てくれた彼の友人が、釣れたばかりのホタルイカを持ってきてくれたのだ。

 飛騨には山深いイメージがあると思うが、じつは意外と海の幸にも出会える。日本海に面する富山や石川がわりと近いのだ。岐阜市までは高速道路に乗っても2時間はかかるが、お隣の富山県までは車で1時間くらいで到着する。

 飛騨では春になればホタルイカを、秋にはアオリイカをと、日本海に出て釣りを楽しんでいる人によく会う。山の幸はもちろん、新鮮な海の幸に出会えるのも飛騨の魅力のひとつだ。

 そして、これがまためちゃくちゃ美味しかった。

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優しさの土台にあるもの

 飛騨の魅力は豊かな自然や美しい街並みにもあるけれど、人という要素もすごく大きい。自分で畑を耕したり、海へ釣りに行ったり、春には山菜を採ったり、飛騨の人はほんとうにいろんなことをやっていて、それがその人の魅力を作り上げているようにも感じる。そしてなんと言ってもみなさん温かくて優しい。

 自然の営みのなかで暮らしを楽しみつつ、その厳しさも知ることで、他人に優しくできる土台が生まれてくるのかもしれない。

文・写真=浅岡里優

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浅岡里優(あさおか・りゆ)
1990年生まれ。九州大学芸術工学部卒業。大学卒業後、新卒採用支援の会社を立ち上げるも挫折。0からビジネスを学び直そうと、株式会社ゲイトに参画。漁業から飲食店運営まで、一次産業から三次産業まで一気通貫する事業を経験。その後、クリエイティブの力で環境問題などの解決に取り組むロフトワークへの参加を経て、2021年に飛騨へ移住。自然に囲まれた暮らしに癒されながら、飛騨の魅力を発信している。

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