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日々の暮らしに薬草を|飛騨さんぽ

飛騨さんぽは、紆余曲折を経て雪国・飛騨に移り住んだ浅岡里優りゆさんが、日々の暮らしの中で感じた飛騨の魅力を飾らない言葉で綴る連載です。第6回は、古くから飛騨の人々の健康や暮らしを支えてきた「薬草」について。

「この季節がいちばん好き」

そう語る地元の人も多いのがこの新緑の5月。

私が初めて飛騨に訪れたのも5月だった。たまたま仕事関係で飛騨の方とお話する機会があり、冬景色もいいけどGW明けの新緑の季節がとっても美しいからそのタイミングがおすすめと言われたのがキッカケ。

5月が近づくと、長く厳しい冬が明けるのを今か今かと待っていたかのように飛騨の樹々や植物たちが一斉に芽吹き始める。山々が美しい緑に衣替えし、見ているだけで心が満たされる。

そしてこの生命の芽吹きは、森の恵みの楽しみも私たちに届け始めてくれる。

5月は山菜採りが楽しめるシーズンの始まりでもある。飛騨にきて驚いたのは、ちょっとした道端でも山菜に出会えること。旦那の実家に寄ったとき、お家の敷地にフキノトウが生えていた。また別の日に家の近くの川沿いを散歩していたら、今度はワラビを見つけた!

旦那の実家の庭に生えていたフキノトウ

「え、山菜ってこんなに身近に生えているものなの!」という驚きと、飛騨が自然豊かな場所であることを改めて実感した瞬間だった。(飛騨は6月くらいまで山菜が採れる。これは雪国ならではの贅沢だなとも思う)

山菜のほかにもうひとつ、とっておきの楽しみがある。それが薬草だ。薬草との出会いは私の日常をぐっと豊かなものにしてくれた。ちょっと知識が増えるだけで、見えている世界がガラッと変わってしまうのだ。

飛騨と薬草の深いつながり

飛騨市には、245種類もの薬草が自生している。はるか昔から山里に住む人々の薬箱のような役割を担ってきた。

飛騨市は薬草を地域資源としてまちづくりに生かそうと、2016年に「飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト」を立ち上げた。今年度からは「薬草週間」という企画が毎月設けられ、薬草と親しむさまざまなイベントが市内各地で催されている。飛騨市では薬草に関わる市民団体の動きも活発だ。

「飛騨市における薬草の取り組みは、市が誕生する前から始まっているんです。合併前の各町村でも薬草の調査や勉強会、薬草茶の開発などが行われていました。その過程で複数の市民団体が立ち上がり、その活動が今の取り組みの下地に繋がっているんです。」(飛騨市まちづくり観光課・今村彰伸さん)

街中には「ひだ森のめぐみ」という薬草を気軽に買えるお店があったり、薬草を活用したメニューを提供している飲食店も多い。こうした取り組みやお店のおかげで、私も「薬草」の存在を知り、どんどん身近になっていったのだ。

先日薬草のイベントで一緒になったご婦人から、興味深いエピソードを聞けた。

「私は戦後生まれなんやけど、小学生の頃はどえらい貧しかったもんで、ドクダミやらゲンノショウコやら薬草採ってきてな、製薬会社に買い取ってもらったんやさ。そのお金で文房具買ったりな」

古くから飛騨の人々の健康を支えてきた薬草は、戦後の貧しい時期においては人々の家計まで支える大切な役割を担っていたのだ。

誰でも身近で楽しめる薬草「ヨモギ」

薬草の存在を知ってから、道端で見かける草花が宝の山に見えるようになった。笑

ちなみに薬草にはミネラルが豊富に含まれているため、健康にもめちゃくちゃよいのだ。

ということで、最近我が家では薬草メニューが増えている。

庭に生えていたヨモギを天ぷらに

ヨモギは、皆さんにとっても身近な薬草だと思うので、すでに暮らしに取り入れているという人も多いかもしれない。私も幼い頃にヨモギ餅を作りたくて摘んだ記憶はあるが、それ以降はヨモギを見かけてもただ通り過ぎるだけだった。

ヨモギはハーブの女王とも呼ばれ、強壮、健胃、利尿、止瀉、通経、目の疲労などその効能は多岐にわたる。ちなみに生で食べるのがいちばん効くという。お風呂に入れれば、あせも、冷え性、腰痛、神経痛、リウマチなどに効果があるとされ、美肌効果も期待できる。

「ヨモギは新芽を10cmほど摘むのがよい」と地元の人が教えてくれた。新芽は柔らかくて苦味も少ない。秋ごろまで収穫できるので、これからしばらく楽しめると思うとうれしい。

ほかにもいろいろな薬草について学んでいるところなので、私のおすすめをいくつかご紹介したい。

薬草の世界は驚きがいっぱい!

小さくてかわいらしい紫の花をつけるカキドオシ。垣根を通り抜けるほどの繁殖力をもつことからその名が付いたという。外見からは想像もつかないパワフルな薬草だ。

カキドオシ

全草にコリン、タンニン、精油、苦味質が含まれ、強壮、利尿、血糖降下や解毒によいとされる。シソ科の植物なので爽やかな香りも特徴。乾燥させてお茶にしてもよいし、料理に入れてみるのもよい。

スギナという薬草をご存じだろうか。誰もがよく知っている春の山菜が枯れたあと、地下に隠れていた茎が地表に出てきたものをそう呼ぶ。

節の部分に春の山菜の面影がちょっと感じられる。

スギナ

・・・・・・そう!あの「ツクシ」である。

スギナは目を凝らすと、けっこういろんなところに、しかも大量に生えている。地元の人の中には「厄介な雑草」と言う人もいる。

そんな厄介者扱いされるスギナだが、じつはすごい効能を持っている。マグネシウム、カルシウム、リン、カリウムなどが多く含まれており、細胞の代謝を活発にしてくれるというのだ。海外の研究によると、腎臓や膀胱など泌尿器系の不調にも効くと報告されている。ほかの薬草と一緒に飲むと薬効を高めてくれる効果もあるのだとか。先日天ぷらにして食べてみたところ、ほろ苦さが心地よく、美味しくいただけた。次は乾燥させてお茶として楽しみたい。

最近は、葛やシャクという薬草も見つけられるようになった。食す楽しみはもちろん、自分の見ている世界の解像度が上がったこともうれしい。

「あ、葛だ!夏になったら花が咲くのを見に来ようかな」と、日々の暮らしの楽しみが増えた。皆さんにもぜひ、日ごろ通っている道で薬草を見つけて楽しんでもらいたい。

薬草を楽しむ暮らしの中で気づいたこと

最後に、薬草も一緒に楽しめる飛騨の美しい森をご紹介したい。古川駅から車で10分くらいのところにある「朝霧あさぎりの森」だ。

朝霧の森の入口

北と南に2つの遊歩道があり、どちらも30分ほどで巡れるハイキングコースになっている。南ルートの中腹には、飛騨に自生する薬草を集めた薬草壇が整備されており、森林浴をしながら薬草について学ぶことができる。

南ルートの中腹(朝霧の森)
朝霧の森で見つけたイカリソウ

気軽に歩けるコースなので、私も気分転換によく遊びに行く。

美しい大自然を眺めていると、なんとも幸せな気持ちになる。「生きてるだけで丸儲け」ってこういうことなのかもしれない。

考えてみれば、福岡や東京で生活していたときも、薬草はきっと身近にあった。けれど、その存在に気づくことはなかった。気づいたとしても、はたして自分の生活に取り入れただろうか。飛騨に住んでいると、それほど意識しなくても薬草の存在が日々の営みに自然と溶け込んでくる。

この違いはなんだろう。ふと思う。散歩の途中で薬草を摘んで帰り、乾燥させてお茶にするようなことって、よほど心に余裕がないとできないのかもしれない。

いま、私にそんな心の余裕を与えてくれているのは、眺めているだけで幸せな気持ちになれる飛騨の大自然や、この豊かな土地に暮らす優しさに満ちた人々なのかもしれない。

参考文献:
『日本のハーブ辞典 身近なハーブ活用術』東京堂出版,2002年
『現代農業特選シリーズ 見つける・使う野山の薬草』農山漁村文化協会,2013年
『おいしい雑草 摘み菜で楽しむ和食』山と渓谷社,2016年
『散歩で見つける薬草図鑑』家の光協会,2021年

文・写真=浅岡里優

浅岡里優(あさおか・りゆ)
1990年生まれ。九州大学芸術工学部卒業。大学卒業後、新卒採用支援の会社を立ち上げるも挫折。0からビジネスを学び直そうと、株式会社ゲイトに参画。漁業から飲食店運営まで、一次産業から三次産業まで一気通貫する事業を経験。その後、クリエイティブの力で環境問題などの解決に取り組むロフトワークへの参加を経て、2021年に飛騨へ移住。自然に囲まれた暮らしに癒されながら、飛騨の魅力を発信している。

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