【葉々社】“小上がり”のある町の小さな本屋さん(梅屋敷)|本の棲むところ(3)
「小上がりのある物件を探していたら、たまたまここが見つかったんです」
どうしてこの場所にお店を構えたんですかと尋ねると、店主はそう教えてくれた。
ここは京急本線の梅屋敷駅から歩いて1分のところにある小さな本屋さん「葉々社」。駅の西側に伸びる細い商店街を右に曲がると、「本」と大きく書かれた鮮やかな緑色の暖簾が現れる。2022年4月にオープンしたばかりのいわゆる独立書店だ。
地域を支え、地域に支えられる
店主は、もともと神保町にある出版社でカメラ雑誌の制作に携わってきた、ベテラン編集者の小谷輝之さん。
「いつか自分の本屋を持つのが夢だったんです」
定年を待って起業するという手もあったが、60歳を過ぎてそれをやるだけの気力と体力はあるだろうかと自問自答した結果、50歳を迎えた昨年、一念発起して開業に踏み切ったという。
「数年前から準備は進めていました。休日を利用して書店に寄って、どんな本を置こうかとこつこつリストを作ったりしていたんです」
葉々社の棚には、そんな小谷さんのこだわり抜いた選書が並ぶ。雑誌の類は置いていない。そのせいか、暖簾をくぐって数秒で自分の求めている本がないことに気づき、出ていくお客さんもいる。一方で、地域の住民から深く愛されているとも感じる。
「この辺りには、何十年も書店がなかったそうです。地域の集まりにはじめて顔を出したとき、ここに本屋を作りますと伝えたら『よくぞ来てくれた』と、とても歓迎されました。いまもたくさんの地域のお客さんに支えてもらっています。ネットで普通に買える本でも、うちに客注をくれる常連さんが何人もいらっしゃるんですよ」
そう言いながら、後ろの壁一面に貼られた客注のメモを嬉しそうに揺らせてみせた。
本を売りながら、本を作る
それでも、本を売るだけで経営を維持していくことはむずかしいという。レジの脇には、Macが置かれている。
「ここに座りながら、編集の仕事もしているんです。幸い古巣の出版社からも仕事をいただいてますし、書店はお客さんのいない時間も多いので、編集の仕事との相性はとてもいいですね」
本の編集をする傍らで、自分の好きな本を売る。本好きなお客さんとの会話が弾めば、新たな企画が浮かぶこともあるかもしれない。「ご自身が出版社となって本を作るつもりはないんですか」と尋ねると、その計画も進行中だと言う。
「すでに出版社記号は取りました。まさにいま、一冊目の刊行に向けて編集作業を進めているところです。著者は関由香さんというねこ写真家の方で、タイで暮らしながら撮られたねこの写真を一冊にまとめたものです。春には取次を通して全国の書店に届ける予定です。もちろんこのお店でも売っていきますよ」
魅力的なクリエイターとの出会いも
葉々社では、様々なクリエイターが生み出す魅力的な作品にも出会える。イラストレーターの平岡瞳さんと共同で制作した卓上カレンダーのほか、可愛らしいアクセサリーや雑貨なども並べられている。
小上がりにこだわったワケ
ところで、小谷さんはなぜ“小上がり”のある物件にこだわったのだろうか。その理由を聞いてみた。
「地域に溶けこんだ本屋さんにしたかったからです。たとえその日は何も買わなくても、気軽に寄って話ができる。そんな場所を作るには、小上がりのスペースが必要だと考えました。ちなみに、そこの“閲覧用”と書かれた棚には、誰でも自由に読める本を並べているんです」
デザイン系の本は高価なものが多いので、デザイナー志望の学生さんたちがこの棚を目当てに集まることもあるという。また、子ども向けの本が置いてある理由も教えてくれた。
「両親が共働きだと、学童保育が終わって家に帰っても、ひとりで過ごさなければならない子がいます。そういう子が楽しく安全に過ごせるよう、夜8時までお店を開けるようにしているんです」
ふと、NHKの朝の連続ドラマ小説「舞いあがれ」で主人公の幼馴染の貴司くんが、又吉直樹さんが店主を演じる古書店の小上がりで詩集を読み耽るシーンを思い出した。それを原体験として、貴司くんはいま歌人の道を歩もうとしている。
“小上がり”のある小さな書店は、今日も鮮やかな暖簾を掛けて町の人々を温かく迎えている。
文・写真=飯尾佳央
◉葉々社さんが旅好きな人に薦める一冊
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