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金魚の街・弥富は僕の聖地|深堀隆介(美術作家)

各界でご活躍されている方々に、“忘れがたい街”の思い出を綴っていただくエッセイあの街、この街。第6回は、透明樹脂にアクリル絵の具で金魚を描くという斬新な手法で世界中から注目を集める美術作家の深堀隆介さんです。生まれ故郷である街の思い出と、作品を通じて伝えたい日本文化に対する想いを綴ってくださいました。

 私の生まれ故郷の愛知県名古屋市近郊にある弥富市(以下、弥富)は、金魚の品種生産量日本一の街として有名です。

 私が子供の頃は、今以上に金魚の養殖池や田んぼが広がるのどかな場所でしたが、近年は、名古屋への通勤圏ということからベッドタウンとして人気が高まり、人口が増えたため、町から市へ変わりました。弥富の近くには天然温泉もあり、小さい頃は、よく車に乗せられて家族で温泉へ行きました。

 弥富に入ってまず驚くのは、国道沿いに立ち並ぶ巨大な金魚の看板たち! 国道1号線と23号線沿いには大型の金魚店が軒を連ねています。そして、その周りには広大な養殖池が幾つも広がっています。その光景を見るたびにいつも「金魚の街に来た!」と実感していました。温泉からの帰り道、夜の暗闇に浮かぶ金魚池はとても怪しく、あの中に金魚が無数にいるかと思うとドキドキした事を覚えています。

 また、偶然なことに妻の実家が、私の名古屋の実家と弥富を挟んで反対側に隣接する三重県桑名市で、名古屋から弥富を通って、よく妻の実家へ行きました。まだ美術作家になる前の話で、まさかその後、金魚を描く美術作家になるとは思ってもいませんでした。

 数年が経ち、私は美術作家として歩み始め、金魚を描くようになったのですが、弥富の希少性に全く気がついていませんでした。弥富があまりにも身近過ぎて、同じくらいかそれ以上の金魚生産地は、全国どこにでもあると思い込んでいたのです。弥富が珍しい所だと知ったのは、横浜に移り住んでからでした。関東にあのような広大な養殖池と金魚店が並んでいるような場所がなかったからです。

 今でも、帰省した際には、弥富の金魚店に立ち寄って金魚を買って帰ることもあるのですが、金魚を描くようになってから、今まで金魚を買うことなど何とも思っていなかったはずなのに、弥富に行くだけで緊張するようになりました。

 金魚屋さんに入ると、高級宝石店や現代美術のギャラリーに入ったような気分で、周りの談笑して金魚を買いに来ているお客さんたちに紛れて、一人だけ汗をかき固唾を飲みながら金魚を眺めている私がいます。金魚の美を作る難しさ、歩んできた歴史の深さなど、金魚のことを知れば知るほど、その凄さに気付かされ、金魚に対する眼差しが変わり、弥富は自分にとって神聖な場所になっていったのです。

 私は、この感覚を自分の作品に活かしていこうと思い作っています。そうすることで私の作品から、世界中の人が金魚を見る目が変わり、金魚を通して日本文化を知るきっかけになってほしい、そう願っています。私たちが世界に対して誇れるものは、実は自分の周りの「当たり前」の中にあるのだと弥富から教わりました。

文・写真=深堀隆介

<展覧会開催のお知らせ>
深堀隆介展『金魚解禁日本橋』
場所:日本橋三越本店 本館7階 催物会場
日時:2022年7月27日(水)〜8月8日(月)
   10:00~19:00(最終日18:00終了)
公式サイト:
https://www.mistore.jp/shopping/event/nihombashi_e/fukahori_riusuke_50

Photo by Masaru YAGi

深堀隆介(ふかほり・りゅうすけ)
1973年愛知県生。1995年愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸専攻学科卒業。1999年退職しアーティストとして活動する。2000年制作に行き詰まり作家を辞めようとした時、部屋の1匹の金魚を見て開眼し、金魚の作品を作り始める(金魚救い)。2002年透明樹脂に直接絵を描く新しい絵画技法・2.5D Paintingを考案し発表する。2007年横浜市に「金魚養画場」を開設。2009年頃からドイツ、イギリス、香港のギャラリーで個展。2013年ニューヨーク・Joshua Liner Gelleryにて個展。2018年自身初の公立美術館での回顧展「平成しんちう屋」を開催。平塚市美術館、刈谷市美術館など全国を巡回する。2021年上野の森美術館、長崎県美術館、岩手県立美術館など全国を巡回する展覧会「金魚鉢、地球鉢」を開催。現在、横浜美術大学客員教授、愛知県弥富市広報大使。

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