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陰も極まれば陽に転じる。新たな希望の芽吹くとき|大雪~冬至|旅に効く、台湾ごよみ(15)

この連載旅に効く、台湾ごよみでは、季節の暦(二十四節気)に準じて、暮らしにとけこんだ行事や風習、日台での違いなどを、現地在住の作家・栖来ひかりさんが紹介。より彩り豊かな台湾の旅へと誘います。

台湾の冬の季語「キョン」とは

 先日、苗栗県の山中に泊まったとき、夜中に鉄砲を撃つ音がした。このあたりの山に住んでいる台湾原住民族(先住民の台湾における正式な呼び名)の「サイシャット族」の人々が、キョンなどの野生動物を狩っている音だと教えてもらった。

 山の子の涙を後にキョン売らる 陳錫枢
 ――『台湾俳句歳時記』黄霊芝 著より

 羌とは「タイワンキョン」とも呼ばれる小型の鹿で、両目の下にある臭腺しゅうせんがつぶった目のように見えることから、「四眼鹿よつめじか」とも呼ばれる。ちょうど抱きかかえられる大きさで、目がクリクリして、成獣でも「バンビ」のようでとても愛らしい。

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 台湾全土の山に生息しており肉は柔らかく美味しいそうで、冬に食べると精がつくという。そんな訳で、『台湾俳句歳時記』では台湾の寒いときの季語として紹介されている。

 小さな頃から育てるとたいそう良く懐くらしいが、それでも冬の食材としていつかは、歌『ドナドナ』のごとく売られてゆく。冒頭で紹介した俳句は、そんなキョンとの別れを経験をした子供の哀切を詠んだものだろう。泣きはらした目をした子供の姿が浮かんでくるようだ。

 山での猟は、台湾の地に何千年もまえから暮らしてきた原住民族の人々の伝統的な文化として特別に認められており、キョンは昔から大事な獲物のひとつだった。とはいえ、生態保護の観念が発達するとキョンも保護動物リストに入れられ、伝統的な狩りにも関わらず違法行為として捕まった人も少なくなかったらしい。

 しかし、キョンの生態数と照らし合わせ、一定数以上の生息が確認されたので、2019年には保護動物リストから外された。ようやく安心して狩りが出来るようになったのである。

 日ごとに更新される文明や進歩性と、伝統文化との兼ね合いは非常に難しいもので、先住民の人々が犠牲を払ってきた経緯は世界中にある。しかし近年は、例えばアートの分野においても、これまで力や文化を奪われてきた人たち、歴史のなかで見えないことにされていた方々の文化やクリエイティブが見直されるといった、ナショナル・アート・ヒストリーの読み直しが世界的に起こっている。

 この流れは台湾でも例外ではなく、来年のヴェネチア・ビエンナーレの台湾代表に原住民族アーティストが選ばれるなど、今や台湾文化を語る上でも原住民族の存在は欠かせないものとなっている。

「陰陽」を知る古人の知恵

 さて二十四節気の冬至、今年は12月21日(※日本は12月22日)という。ご存知のとおり昼の時間が一年で最も短いこの季節は、陰陽でいえば「陰」の気がもっとも極まるころだ。この頃の七十二候・日本版は

 初候:乃東生ず(なつかれくさしょうず)
 次候:麋角解つる(しかのつのおつる)
 末候:雪下麦を出だす(せつかむぎをいだす)

 この時期に芽を出す「乃東なつかれくさ」とは夏枯草カゴソウのことで、和名をウツボグサという。夏に紫色の小さな花が松傘のように咲き、花が終わると枯れたようになる。枯れかけた花穂は、もっとも古い漢方薬の書『神農本草経』にも記載があるとされ、口内炎や扁桃腺炎、膀胱炎などに効く消炎・利尿薬として利用されてきた。

 また次候に登場する「鹿の角」も、お酒に漬けて飲めば強壮や腰痛、産後の不正出血によいらしく、台湾ではスーパーでも売られている。日本の「養命酒」のようなものだろうか。

 東洋医学は人間のからだに「陰陽」があり、そのバランスをとることで健康に繋がるという考え方が基本にある。もっとも陰の気が極まる「冬至」の自然現象と関わるものが、からだの陰陽を整えるのに古来より役立てられてきたことに、自然と人とのつながりを深く見つめてきた古人の知恵を感じずにはおれない。

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東洋も西洋も「根っこ」は同じ

 さて、台湾の冬至といえば家族そろって「湯圓」(白玉団子)を食べる習慣があり、これについては昨年の「冬至、なに食べる?|大雪~冬至|旅に効く、台湾ごよみ(3)」を参照されたいが、古代中国版の七十二候は以下となる。

 初候:蚯蚓結(ミミズが地中で塊となる)
 次候:麋角解(大鹿が角を落とす)
 末候:水泉動(水泉動く)

 ミミズは陽の気を感じて身体をのばし、陰の気を感じて縮むという。冬至の強烈な陰の気を感じたミミズは地中で身を丸めて塊になり、陽気の強い鹿の角もぬけおちる。しかし陰が極まれば、そこには一筋の陽の気が現れ、その微妙な陰陽の流動にみちびかれ、凍った土の中ではゆっくりと水がうごき始める。かつて冬至とは一年の節目であり、始まりの祝祭の日でもあった。

 じつは冬至を祝ってきたのは、東洋の人々だけではなかった。キリスト教の歴史研究の一説によれば、12月25日をイエス・キリストが誕生した「クリスマス」として祝うようになったのは、冬至と関係が深いという。

 古代ローマ帝国でひろく信仰されていた「太陽神ミトラ教」では、太陽の力がもっとも弱まる冬至が「太陽の力がどんどん強くなっていく」はじまりだとして、12月25日に徹夜でお祝いをしたらしい。

 土俗宗教を呑み込んで西洋全土で定着していったキリスト教は、古来からの祝祭日として12月25日をイエスの生まれた日とさだめ祝うようになった。つまり東洋と西洋の、根っこは同じというわけだ。

 それは結局、わたしたちがみなすべて、この太陽が昇ってはしずむ地球に生きてるからなのだろう。いま世界中であらためて先住民への関心がたかまっているのは、こうした「根っこ」を今いちど振り返る時期ということなのかもしれない。

 今年2021年も残りわずかとなった。2020年につづくコロナ禍で海外との往来もままならないどころか、普段の暮らしや仕事にも困難を抱えた方は少なくないだろう。新型株の出現など心配ごとは絶えないが、夜明けまえはもっとも暗い。今年の冬至があらたな希望の芽吹く一年の始まりになると信じている。

 どうぞ皆様が良い年をお迎えになりますよう、台湾の空の下から心よりお祈り申し上げます。

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文・絵=栖来すみきひかり

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栖来ひかり
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。


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