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瞑想について(1)
最近、米国からマインドフルネスとされ瞑想の有効性を紹介されている。
山本七平ではないけど、未だ日本人は「文化は外国から来る」とでも思っているのだろうか?
僕が日本人の瞑想について、また禅について語られる内容を聞くに、マインドフルネス指導者や瞑想を勧める医師の知識は「浅く」感じます。
瞑想の効果を簡単に記載すると睡眠と同じく宇宙創造者からの力を少し多めに頂けるとこと、潜在意識の浄化にあると考える。
オカルト的生き方(2)
🔳瞑想
さて、オカルト的生き方と言っても、その興味の方向性から異なっているものだけど、これは忘れないようにしたいと云うものはある。
それは「瞑想」である。自分をオカルトと名乗る以上、瞑想を欠かしてはいけない。
毎日必ず行う事!可能であれば毎日1時間は瞑想したい。
でも生きていたら色々ある。そんな日は15分でも10分でも良い。毎日欠かさない事だ。
洗心の次に瞑想について意見を記載していきた
🔳宇宙の理に学ぶ(8)
「感謝の生活をなせ」
これは日常の基本ですね。
前述の通り、ナポレオンビルやマフイ-の話から想念は一定期間の後に現実化する。只、我々凡人は幸せにはなりたいけど、強く出世競争に意識はいかないし、スポーツでチャンピオンになりたいと妄想はしても、実際に強く手中に納めたいと思い続けれない。
ても、どんな時も感謝の生活をしていれば、漏れなく幸せな感謝すべき現実がやってくる理屈だ。
処が生きていれば艱
🔳宇宙の理に学ぶ(7)-2
その昔、僕は「知る」「獲得する」「身につける」「貯める」を幸せの礎と思ってました。
購入した数千の本を見ると自分を知識人かの如く満足感に浸ってました。処が馬齢を重ね、考えが変わりました。
モノを「捨てる」「手放す」「掃く」「ふく」の方が幸せなんだと思います。
呼吸も吐く息の長い方が、息は深いですもんねー
🔳宇宙の理に学ぶ(7)
「宜しからぬ欲を捨て」
もともと洗心は1つの教えではあるけれども、説明の為に分けているようです。
その中でも「我」と「欲」はセットのようなもので、我々はコレにより富や名誉を求めたり、獲得したり、苦しみも得る。
いわゆる「欲」とされるものには決して否定されない生存欲がある。文字通り生きていく為に必要不可欠だ。
食欲、性欲、睡眠等の必須とされる欲がある。食べ過ぎれば太り持久力減少や将来の成人病原
🔳宇宙の理に学ぶ(6)
「我を折り」
これは実に難儀だ。
少し内容は異なるけれども、ここ東西、様々な賢人とされる方達が、強い「我」から来る弊害を解説してあり尺度を変えた注意⚠️を主張されている。
「我」自体、僕は絶対悪ではないと思う。「我」は、ある意味で他と自分を区別するものである。それに只々「我」なくば「白痴」とまでは言わないまでも、善良なダマサレ人になるだろう。
「我」は他から自分を守る大切な側面もあり、自分を自
🔳宇宙の理に学ぶ(5)
「明るく」について。
これは基本かも。
威圧感を与えるスタイルや哀愁を漂わる雰囲気で生きるのも映画ではカッコいい。
もっとカッコイイのは、何かに真剣にに打ち込む姿!敬愛します。
でも、やはり平素はいつもニコニコですよね。よく笑ったり、悪口も言わず楽しくしている人に害を感じません。
それにマ-フイの法則が本当なら、いま発している思い(想念)は一定期間後に現実化すると云うならば、
普段から、
🔳宇宙の理に学ぶ(4)-1
「自分にはとうてい出来ない…」
「どうしよう…なんでワタシにこんなことが襲いかかる。不幸だ…」
と思って考え込んでいても何も変わらない
不安を元に、何らかの「行動」を取った時、初めて卒業までの道筋が開けるもの
どうしようもない難題が立ちはだかったとき、手をつける「強さ」
生きて行く上で必要なことですね
🔳宇宙の理に学ぶ(3)
「正しくと」と有りますけど、これは気をつけねばなりませんね。
日蓮宗の人から見れば禅宗など「天魔のすること!」でしょうし、真言宗などイスラム教から見れば最たる邪教でしょう。
と云うのは、その個々人その諸々の団体その国々で「正義」は異なるからです。
この「正しく」の基準は、言葉になる前の意識のインスピレーションに寄らざる得ませんし、
客観的に判断するならば、そこに愛はあるのか?嫉妬や妬みはな