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島田荘司作オペラ「黒船〜阿部正弘と謹子」のアリア演奏会_2023年10月16日

本格ミステリ界の大家、島田荘司先生が作曲・作詞を手掛けるオペラ「黒船〜阿部正弘と謹子」のアリア演奏会に行ってきました!


■オペラ「黒船」あらすじ

大雑把に「あらすじ」を書かせていただくと、
舞台は江戸時代末期である嘉永6年(1853年)。備後国福山藩の第7代藩主である阿部 正弘(あべ まさひろ)は、江戸幕府の事実上の執政として幕政を主導。ペリー来航による幕末の動乱期にあって安政の改革を断行する様を、妻の謹子(越前福井藩主松平治好の次女)との出会いや死別とともに、丹念に描く物語。主導者としての正弘と人間としての正弘とが交差する、切なくも力強いオペラ(アリア)でした。

■村上敏明さんの日本語テノールを聴く

主役である阿部 正弘を演じたのは、日本最高のテノール歌手の1人である村上敏明さん。

村上さんのテノールは、今年も大ッッッ好きなオペラ「ホフマン物語」のナタナエルで聴きましたし、11月の「シモン・ボッカネグラ」にも伺います。

ほかにも「オテロ」(ヴェルディ作)のロデリーゴや、「アイーダ」(ヴェルディ作)の伝令。ジャコモ・プッチーニの1幕もの「ジャンニ・スキッキ」のリヌッチョ役と、村上さんの出演作品は快挙にいとまがなく、とりわけ2021年3月の、「ワルキューレ」のジークムント(1幕)は、大変印象に残っています。

とはいえ、私は日本語で歌う村上さんを拝見するのは「黒船」が初めてです。
たとえばイタリア男性を演じる時と日本人を演じられる時とでは、お顔付がまったく違うことにも感銘を受けました。

わずかでも母国の歴史についての知識や土地勘があるだけで、こんなにすんなりと作品が心に入って、わくわくするものかと改めて驚きました。

■胸を刺すような高音の響きの中に、幸福への願いと決意があるアリア、「ごぜの歌」

私が聴きに行ったのは夜の部だったので、ソプラノは藤井泰子さんでした。

第二幕で阿部正弘の妻謹子が歌うアリア【銀の小舟】は美しく、凛とした強さを感じました。責任ある立場の夫を前に、自分は強くなると誓う。
「あなたを乗せて夜の海を渡る銀の小舟になります」という歌詞は、その後の国防の場面でも、二重奏で遠くから聴こえてくるかのように、ずっと心に残っていました。

第四幕の「ごぜの歌」は重厚感があり、夫と自国のために命を捨てることもいとわないという謹子の決意が、胸を刺すような高音の響きから伝わってきました。

それでいて、愛しい存在や守りたい幸福を想うやさしい表情や響きもあり、聴きながら様々な感情が交差して切なかったです。

■躍動感とともに身をちぎられるようなアリア「武器を取れ」と、”一流”テノールの影の努力

今日、最も聴きたかったアリアの1つが、第四幕の【武器を取れ】でした。

このアリアは以前、福山で行われたというアリア演奏会の映像鑑賞会で聴いていました。鑑賞会ではスピーカーに配慮されていたものの、村上さんのベルカントは機材がハウリングを起こしてしまうほどの迫力だったのです。
以来、生の舞台で鑑賞したい気持ちが強く、とても楽しみでした。

【武器を取れ】は、ペリー来航に際し「命をかけて国を守る」と、部下とともに志を新たにする正弘たちのアリア。全身全霊で使命をまっとうしようとする戦いの裏に、先ほどの謹子の歌声も流れているよう。躍動感に胸が高鳴る一方で、まるで身をちぎられるように聴きました。

島田先生に伺ったのですが、村上さんは福山でのアリア演奏会前夜も、歌詞を手で書き写して心身に沁み込ませていたのだそう。
ただ覚えるだけでなく、正弘のアリアを自分のものにするために努力を惜しまない、”一流”の持つ影の姿にも大変、感銘を受けました。
だからこそ、聴く者の皮膚の内側に想念を呼び起こす歌声が生まれるのでしょう。

■「水仙のうた」の健気さと、幕末の激動を音色で伝える「序曲」

病により先だった謹子を想い、憔悴する正弘を気遣う侍女のアリア【水仙のうた】は、その健気さに涙がにじみました。
「謹子様をお慕いする気持ちは誰にも負けません」と断言した上で、だからこそ今の正弘の姿は見ていられないと、新しい妻を娶とることを薦める侍女のまっすぐな心は、本当に水仙のようです。

決して大輪のバラのように表に立つ花ではないかもしれない。ときに雨風により折れてしまう繊細な水仙の花。それでいて自らまっすぐに立ち、常に豊かな香りで人を包み込んで静かに癒す、水仙の力---。

また、演奏はN響のヴァイオリニスト高井敏弘さんとエレクトーンの清水のりこさんでした。
序曲ではエレクトーンの低音がまるで夜の海のうねりのように響き、激動の幕末を音色にしたようなヴァイオリンの音とともに印象的でした。

ほかにもクスッと笑える(そして志の高さに胸が熱くなる)酔っ払いのアリアやなど、素敵なアリアをたくさん聴くことができました。

島田先生によると、「演奏会形式は今回で最後」になりそうとのこと。私はオペラが大好きなので、いよいよ完成した「黒船」を拝聴できる日が今からとても楽しみです!

【cast】
阿部正弘/村上敏明(テノール)
謹子(昼公演)/山口安紀子(ソプラノ)
謹子(夜公演)/藤井泰子(ソプラノ)

福山藩士・江木鰐水/塩塚隆則(テノール)
福山藩士・石川和介/村松繁紀(バリトン)
福山藩士・門田朴斎/土崎 譲(テノール)
山伏の頭領・結衣肖六/小野弘晴(テノール)
腰元のお篠/辰巳真理恵(ソプラノ)
村娘/中原沙織(ソプラノ)・唐沢萌加(ソプラノ)・鈴木遥佳(ソプラノ)

演奏
ヴァイオリン/高井敏弘
エレクトーン/清水のりこスタッフ作詞・作曲/島田荘司

作詞・作曲/島田荘司 
編曲/中山博之
演出/田尾下哲

【ききみみ日記】
★今回で投稿127回目になりました★
オペラ・クラシック演奏会の感想をUPしています。是非お越しいただけますとうれしいです。
(2022年10月10日~2023年1月15日まで101回分を毎日投稿していました)


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