見出し画像

国際女性デーに、"自由"について考えてみる。

2024年3月8日の今日は、国際女性デー。

"女性の地位向上、差別払拭を目指して国際的に連帯する日"と説明されているけど、私はただ「自由でありたい」という想いを受け取った。

そんな私も「どんな動物になりたい?」と言われたら、
即答で「鳥!自由に空を飛べるから!」と答えていたような
”自由”というものを愛する女性の1人。

なので今日は”自由”について、最近考えていることを勇気を出して書いてみたい。

私は社会に出てから、
ありがたいことに不自由を感じることはあまりなかった。

初めて就職したリクルートは、個を尊重する文化があった。
卒業し独立してからは、誰と・どこで・何をするかも全て自分次第。
物理的にはとっても自由だった。

だけど精神的に自由だったかというと、また話は違うなぁと思う。

独立すると、目標を決めるのは自分。
ここから先はやりすぎ、と言ってくれる人もいないから、際限がない。

人の期待に全力で応えてより大きな期待をもらい、それを越え続け、新しい期待を作る。
そんなことを大事にしていた私は、

目標はもっと高く。
判断はもっと早く。
規模はもっと大きく。

もっと!もっと!もっと!

と際限がなかった。
食べた時はすごい満足感なのに、すぐお腹が空いてしまう感じ。

こんな状態を続けていると
水を与えすぎた植物が腐るみたいに、おかしいことも起きてきた。

溜まったストレスを家族にぶちまけて傷つけたり。
駅でぶっ倒れるほど生理が重くなったり。
趣味の時間を純粋に楽しめなくなったり。

今考えると、
十分幸せな状態なのにもっともっと欲しくなって、
無意識に大切だったはずのことを犠牲にしていたのかもしれない。

誰かに強制されたわけじゃないのに
自分で勝手に作り上げた期待のために無理するのが当たり前で、
なんか自由じゃなかった。

じゃあ、私にとって自由ってどういうことだろう。

先日、ある女性からこんな言葉を聞いた。

「わたしはただ、食卓を家族と囲む時間を大切にしたいんだよね。
だから私も夫も、食事の時間だけは仕事や他の用事を入れないように決めてるんだ。」

食事する時間なんて毎日のようにあるし、今日は忙しいからと後回しにすることなんて簡単だけど、この方にとっては人生に欠かせない時間であって、それを大切にするために選択していた。

何が自分にとって欠かせないものなのかなんてすぐ分かるものではないし、
経験を経て変化していくものだろうけど、

自分が応えたい期待と、応えてしまっている期待を分けて考えて、
自分にとって必要なものとそうでないものを意識的に選択しようとする。
私にとっての"自由"は、こういうものなのかな、と思えた。


選択するためには、やっぱり自分自身を知ることからなわけで、
人生を共にするパートナーと一緒に「わたしたち」を知ることも、私にとっては大切なことだった。

自分を見る時に鏡を使うように、
自分たちのことを知るには、客観的に見てくれる人の存在が大きい。

「この話をしているとき、すごく楽しそうだね。」
「表現は違うけど、ふたりとも一緒に取り組みたいだけなのかもね。」

話が行き詰まっていても、新しい視点をくれる。
子ども、家、お金など将来のことに悩んだときでも、
すでに持ってるものや、大切にしたいことに立ち戻らせてくれる。

そんな、
わたしたちが自由な選択をすることを、フラットに後押ししてくれる存在。

ラッキーなことに私たち夫婦にはそんな存在が居てくれた。
だからこそ次は身近な人たちにとってのそんな存在でありたいと思うし、
それが連鎖して、誰もが誰かのそんな存在でいられるような未来を作りたい。

***


私はHue-ishの仲間と、そんな未来を創る社会実験に挑戦しています。

「人生で大切にしたいものを能動的に選択していたい」
そんな想いに共感してくださった方は、いいねやコメントを頂けたら嬉しいです^^

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!


この記事が参加している募集

#仕事について話そう

110,977件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?