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スパイスの付加価値が森を救う?

世界4大スパイスの2つ、クローブとナツメグの原産地であり、今もなお世界的なシェアを誇るインドネシア。その東部に位置し「スパイス諸島」の異名を持つマルク州の北部に「ハマヘラ」という大きな島があります。日本は梅雨を迎えていますが、インドネシアは5月頃から徐々に乾季に入り、ハマヘラをはじめ、各地でスパイスの収穫がしやすい時期がやってきます。

世界一古いクローブの樹がありクローブ発祥の地である「テルナテ」(詳しくは前回の記事にて)から、スピードボートで1時間程、ハマヘラの中でも特にクローブやナツメグが多く生産されているエリアに向かいました。スルタン国が設立された歴史があり、イスラム教徒がマジョリティかと思いきや、実はキリスト教徒も同率ほどいて、街の至るところに教会や十字架が。さらに少数民族の伝統建築もあり、アニミズムと植民地時代の文化が混じり合う、独特の空気を感じます。

ハマヘラに来た理由は主に2つ。1つ目は最近レインフォレスト・アライアンス認証を取得したという農家を訪ねるため。2つ目は、気候変動がクローブの収穫に与えている状況をより広く把握するためです。テルナテで訪問したクローブ農家のボイさんにお話を伺っていたときに、

「ほら!今ちょうど娘が乾燥させようとしてるのは、季節外れに雨が多く降ったせいで、落ちてしまったクローブなんだ。」

と言って、膨らみきる前に落ちてしまったクローブの蕾たちを見て、言葉に詰まりました。

落ちたクローブの蕾を集めて乾かそうとしている娘さん。一家は20年前にアンボンから移住して、クローブ農園を買い取ったのだとか。

インドでもクミンシードが同じ理由で不作となり、マーケットに大きな影響を与えましたが、クローブも同じ状況が「起こりかねない」。敢えて断言しない理由は、良くも悪くもクミンシードと違い、マーケット価格にその年の収穫量がダイレクトに影響しないからです。なぜなら、農家の人たちにとっては「クローブ=貯金」で、収穫から数年後にお金が必要なときに売るからです。

さらにクローブの市場価格の複雑性は、タバコとも深い関係があります。少し前までクローブの価格が下がっていたのですが、タバコメーカーが抱えるクローブの在庫が影響しているそうなのです。クローブタバコのニーズは今後さらに成長するとも言われていて、その影響は益々高まりそうです。

レインフォレスト ・アライアンス認証のスパイスの森へ。

ハマヘラのレインフォレスト ・アライアンス認証(以下RA認証)の農家を案内してくれたのは、ジャイロロという地域でたくさんの農家と取引しているフェニーさん。彼女は最近、この地域で初めてRA認証を取得し、農家と提携し調達を開始しました。

このRA認証は、持続可能性の3つの柱(社会・経済・環境)の強化につながる手法を用いて生産されたことを示すもので、独立した第三者機関の審査員から、3つの柱すべてにわたる要件に基づいて評価を受け、基準を満たしていた場合にのみ付与されます。さらに、最終消費者にRA認証製品を届けるには、農家や輸出業者、最終販売者に至るまで全てのサプライチェーン上で、この認証を取得する必要があります。

フェニーさんの企業は取引先のニーズに合わせて、このRA認証以外にも様々なサステナブル認証を取得していますが、このRA認証については、特に複雑で長い道のりだったと語ります。

「一番大変だったのは、理解して協力してもらえる農家さんを探すこと。このRA認証はとても複雑だし、その重要性はなかなか伝わらない。例えば、学校から帰った子どもが、お母さんが収穫したり選別したりしている作業を見て、自ら手伝いたいと思ったら、それを止めるのはなかなか難しい。でもどこかで線を引かないと、児童労働につながりかねない。RA認証を取得すと子どもたちが手伝うことはできなくなるけれど、これまでより良い価格で買い取ってもらえたら、それが農家にとっては一番いいことでしょ?それを理解してもらえるまで、根気強く説明しないといけない。」

そう言って、フェニーさんは無事RA認証を取得したネーンさんを紹介してくれました。彼女はとてもおしゃべりで、私がインドネシア語が話せないのに、気にせず話しかけてきては、楽しそうに笑っています。他の農家との繋がりも多く、人柄と人脈で、この地域でRA認証を広めていくのにとても頼もしい存在だと感じました。実際に、認証を取得したというナツメグやクローブが生い茂る森を見学させていただきました。程よく人の手が入れられていて、多様性も保たれている。そんな印象でした。

私はネーンさんにも近年の収穫量について聞いてみました。すると、テルナテと同様に、季節外れの雨の影響で減っていると言います。彼女に紹介してもらったいくつかの農家のうち、クローブに至っては前回の収穫量に比べて半分にまで落ち込んだという農家もいました。さらに北の「トベロ」というクローブとナツメグの産地まで足を伸ばしてみましたが、残念ながら収穫量はどこも同じく減少傾向にありました。

RA認証を取得したフェニーさんとネーンさん。

次にハマヘラから船で渡り、「ティドレ」というクローブ史では重要な島にも行ってみました。そこには政府が支援する苗木センターがあり、年間で32,500本もの苗木をハマヘラやテルナテなどの島々に配っています。リーダーのイルワンさんにお話を伺うと、ティドレの農家もクローブ・ナツメグともに収穫量が下がっているのだそうです。このセンターは苗木を農家に配ると同時に、適切な栽培方法についてもアドバイスを行なっていますが、現在のところ気候変動について具体的な対策は取れていないようでした。

ティドレの苗木センターのイルワンさんと。後ろに並んでいるのがクローブの苗です。

私はインドネシアの最後にジャカルタに向かい、より多角的にスパイスの持続可能性に関する情報を収集するため、サステナビリティ認証団体と研究所を訪ねることにしました。最初にBIOCertという主にオーガニックに関する認証機関でエグゼクティブディレクターのアントニーズさんにお話を伺うことができました。彼らはAliansi Organis Indonesia (AOI)の傘下にあり、インドネシアを中心に、EU、北米のマーケットに向けた輸出品の、それぞれ異なる認証を行なっています。その一つに、スターバックスをメインクライアントとした、C.A.F.E. Practicesというコーヒー専門のサステナビリティ認証もあるそうです。彼らは各認証の規定に沿って、土壌の検査などの環境面から、農家に対する支払いの妥当性や取引に関するアグリーメントまでチェックします。一つでも条件を満たさない場合は、認証を取ることができないので、取得側にとっては忍耐の要るチャレンジです。

そこで、オーガニック農家を増やすための取り組みとして、AOIは「PAMOR Indonesia」を立ち上げました。これは、農家や生産者がトレーダー、消費者、NGO、政府などの各ステークホルダーと協力して、有機基準に準拠した品質システムを評価するオーガニック農業の参加型保証システム「PGS」の一つで、 オーガニックを推進する世界的な組織「IFOAM International」が提唱しています。(日本では岩手県の雫石町が唯一PGSを取得しています)他にも、2014年に政府とFAOの協働で「1000 Organic Villages」が立ち上がりましたが、新型コロナ対策を優先したことによる予算不足でプロジェクトは中止に。トップダウンのプロジェクトは影響力こそありますが、確実に現行のシステムを変えていくには、ビジネスと消費のあり方そのものを変えていくことが重要だと改めて考えさせられました。

ジャカルタから1時間ほどの都市。多くの農業研究所があるボゴール。ジャワ州では珍しく、植民地時代に移植されたものや、研究目的のために植えられたナツメグがあります。

翌日はアントニーズさんから教わったボゴールにある農業研究所を訪ねました。(直後に天皇皇后両陛下もボゴールを訪問されていました)。政府機関の「BSIP Tanaman Rempah, Obat dan Aromatik」はスパイスやハーブなどの薬効や香りのある植物に特化した研究機関です。土壌をはじめとする植物の成長に関わる検査や、香りを抽出するなど個体の特性を調べる研究も行っています。案内をしてくれたファラディラさんに、気候変動がナツメグやクローブに与える影響について質問すると、

「通常、ナツメグやクローブは受粉が必要な植物なの。けれども異常気象により雨が多く降ることで媒介となる虫たちの活動が減ってしまう。これが気候変動による収穫量の減少に影響を与えていると考えられるわ。ほとんどの農家が肥料も農薬も使わず、手をかけずに栽培しているし、樹が大きいので人工授粉は現実的ではないわね。それから、これらのスパイスは通常乾季に花を咲かせるのだけど、そこで雨が降ると、根や枝を伸ばすなど成長ステージにフォーカスして、花を咲かせない可能性がある。彼らも生き残るために適応しているの。」

と教えてれました。受粉を助けている媒介の研究は、もしかすると気候変動への適応策として価値があるかもしれません。実際にインドのケララ州のスパイス農園ではブラックビーの養蜂をしているところもあり、その蜂蜜を販売して収入を上げる取り組みをしていました。また、ナツメグやクローブの収穫量が落ちていても、それが環境の変化に適応した結果だとすると、とても健全なことだとも思えました。

BSIPの研究者の2人。気候変動対策には多くのリソースが必要だと語ってくれました。インドネシアも各研究機関は縦割りですが、今年はスーパーエルニーニョ対策のために各研究者たちが集まりグループディスカッションが行われるそう。

そう考えると、今気候変動に適応できていないのは人間の方かもしれません。気候変動によって収穫量が減り、農家が森のナツメグやクローブの土地を手放してしまったとしたら、次に何が起こるのか?きっと、新たな開発や農耕地の拡大のために森林が伐採されてしまうでしょう。インドネシアの熱帯雨林は世界3番目の広さを誇っていますが、たった20年の間に開発で約27万ヘクタールの原生林が消失し(日本のビジネスも大きく関わっています)、気候変動の大きな原因となっています。この悪循環に、スパイスも巻き込まれてしまうのです。

では、どうしたらスパイスの森を守ることができるのか?

サステナブル認証はもちろん、品質の向上・差別化によってスパイスの付加価値を上げ、農家の収入を増やすことは一つの選択肢でしょう。研究所では、民間団体から依頼を受け、スパイスの産地や品種ごとに香りや成分を抽出する研究も行っていました。現在の食品として流通しているナツメグやクローブは、コーヒーほどグレードや価値が細分化されていませんが、ターメリックの場合クルクミンの含有量が価格に比例するように、伸び代のあるトピックかもしれません。また、多くのナツメグ・クローブ農家がカカオ、ケナリナッツ、ココナッツ、マンゴーなども収穫して生計を立てていますが、これらの季節性の高い作物以外にも、再生可能な森の植物を年間通じてお金に変えることができれば、とても大きなインパクトになるかもしれません。

インドネシア滞在の最終日、私はスパイスを通じて出会った人たちの顔を思い出しながらジャカルタを発ちました。スパイスの森を守るために、インドネシア国内外のステークホルダーをつなぐ役割を少しでも果たせたら。新たな目標を胸に、次は世界最大の胡椒の産地であるベトナムへと向かいます。

ティドレの農園で見せてもらったクローブの蕾。ハマヘラを含め蕾をつけていた樹が少なかっただけに、見つけた瞬間とても嬉しかったです。


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