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クローブのレガシーとレシピが受け継がれる場所

ここまでナツメグをメインにお届けしてきたインドネシアの旅ですが、世界の歴史を変えたインドネシア原産のもう一つのスパイスといえば「クローブ」です。クローブがなければ村上春樹が「BLAKES(ブレイクス)」のカレーにハマることはなかったかもしれない(?)という程に、日本でも愛されているスパイスの一つで、インドネシアは世界トップクラスの生産量を誇っています。

クローブの原産地は2010年まで北マルク州の州都だった「テルナテ」。とても小さな島ですが、州都だっただけに周辺の島々と比較しても都市化が進んでいます。ナツメグの原産地「バンダ諸島」は絶海の孤島ですが、テルナテ周辺には大小様々な島があり、交易のハブとして栄えています。その発展に貢献してきたのがもちろんクローブ。ナツメグ同様に、オランダに占領された歴史があり、独立後もスパイスの輸出のルートとして重要な役割を果たしてきました。今ではインドネシアのみならず様々なところで育てられているクローブですが、かつてはテルナテ周辺の限られた地域でしか栽培が許されていませんでした。

今年4月に訪ねたインドのオールドデリーにあるスパイスマーケットでは、インドネシア産のクローブも多く見かけました。実はインドでもクローブの生産はされていますが、その需要は収穫量を上回るのだとか。そのため、クローブの生産量の多いインドネシアやマダガスカルから輸入しているのだそうです。そしてもちろん日本も、インドネシア産のクローブを輸入していています。

クローブの産地についてインターネットでリサーチをしている段階で、とても気になる場所がありました。その名も「Cengkeh Afo」。直訳すると「古いクローブ」という意味で、最古のクローブの木がある場所として、テルナテ屈指の観光地となっています。注目すべきは、2019年からアジアにおける共有遺産(自然と文化の両方)としてのスパイス・ルートを通じ国境や文化を超えたフォーラムが開催されているということ。「International Forum on Spice Route」と言われるフォーラムも開催され、その開催地の一つとしてテルナテが選ばれました。主に歴史についてはヨーロッパやオーストラリア、地元の大学とも連携してリサーチが進められていている他、昨年にはテルナテの伝統料理を掘り起こし纏められた本「The Heart of the Spice Forest」が刊行されたとか。

We are pleased to announce that our book will be released in June at the Ubud Festival! 🥳 A book about the ancient...

Posted by The Heart of the Spice Forest on Monday, June 6, 2022

そこで、前回まで滞在していたビトゥンからフェリーで約12時間かけて、テルナテに向かいました。島国のインドネシアの主な交通手段の一つは船で、その中でも主要な都市を往来する「ペルニ」船は現地の人々にとっては欠かせない存在です。同社は旅客船だけでなく、貨物船も運行していて、スパイスの輸送でも大きな役割を果たしてきました。しかしこのペルニでの移動は、過去最大級に過酷なものになりました。夜中ずっと、小さなGがスーパーマリオの敵の頻度で迫ってくるのです(Gとは私が世の中で唯一苦手な生き物でして、敢えて表記を避けさせていただきます)。悪夢の中、船乗りの夫婦や、地元の大学生がローカルの食べ物を分けてくれたり、忘れられない深い船旅となりました。

ビトゥンからテルナテに向かうペルニ船。この後アンボンなどを経由してジャカルタまで向かうそうです。

ほぼ眠れないままに船内のアナウンスがテルナテの到着を予告します。外に出てみると、夜明け前の空にこんもりとキレイな山のシルエットが。そして裾には薄灯が灯っていました。テルナテとその周辺の島々はバンダ諸島と同じく活火山。今でも数年に一度噴火をしていて住民への被害もニュースになっていますが、だからこそ豊かな土壌が生まれ、さらには独自の生態系が育まれてきたと言えるでしょう。

フェリーを降りるとヌルディンさんがレアル・マドリードのTシャツで出迎えてくれました。彼はテルナテのナツメグ集荷人で、普段は軍で働いていますが、土日の休みを有効活用してナツメグを集荷しています。自宅兼ナツメグの倉庫に向かい、休憩をさせていただきながらお話を伺いました。テルナテは生産業が盛んで、バンダ諸島と比べるとナツメグやクローブを育てている農家の割合はずいぶん低く、山の麓に暮らす一部の人たちの多くが農家として生計を立てているようです。私はヌルディンさんに、

「クローブの歴史と気候変動の影響を知りたいのですが、誰か詳しい人はいますか?」

と訪ねました。そこで唯一上がったのが「Cengkeh Afo」の名前。立ったまま眠れるほどの睡眠不足ではありましたが、情報収集のためにも先を急ごうと、早速Cengkeh Afoに向かうことにしました。

Cengkeh Afoへジャカルタからサステナブルツアーに来た人たち。

到着すると、最古のクローブの樹を見るために、別のツアー客で賑わっていました。実際には最古のクローブCengkeh Afo 1は2000年に既に枯れてしまっていて、その時点での樹齢は416年と言われています。その後、2番目に古いCengkeh Afo 2も枯れてしまい、今では樹齢200年程のCengkeh Afo 3だけが残っています。ここではその歴史をツアーするだけでなく、施設内のキッチンで地元の女性たちが作った伝統料理を体験することができます。ただし15名ほどからの予約制なので、お一人さまの私はこの日いただくことができませんでした。

ただの観光で終わらせてはいけないと、声をかけてCengkeh Afoの運営スタッフの一人、サフィアンさんからお話を伺うことができました。英語が通じずGoogle翻訳頼みではありましたが、この施設は地元コミュニティによって運用されていること、そして地元大学Universitas Khairum Ternateと共同プロジェクトも行なっていることを教わり、翌日早速大学に行ってみることにしました。

Cengkeh Afo 1と案内してくれたサフィアンさん

ノンアポで担当者もわからないままでしたが、大学に向かい入り口にいたスタッフに声をかけてみました。もちろん英語は通じません。それでも日本から来た珍客ということもあり、Cengkeh Afoのプロジェクトに関わるリムさんを紹介してくれることに。彼は大学で英語のクラスを担当しながら、Cengkeh Afoをはじめテルナテを中心にサステナブルツーリズムを広める活動をしていました。

Universitas Khairum Ternate

次の日、リムさんの案内でCengkeh Afoを再訪問しました。すると、その日偶然TV取材が入っていて、The Heart of the Spice Forestの制作を手がけ、Cengkeh Afoの運営も行うクリスさんが取材対応をしていました。どうやら、国際的な書籍コンペのグルマン賞の4部門にノミネートされたことを受けてのようです。リムさんが私を紹介してくれると、クリスさんは取材の側施設を案内してくれました。

Cengkeh Afoは気候変動をはじめとする環境問題にも取り組んでいて、竹を使った伝統的な建築を採用しているほか、食事にはカトラリーや器も自然素材のものを使用し、徹底的にプラスチックフリーを推進しています。食材は施設内の農園で育てたハーブやスパイスを使いFarm to Tableで料理を提供。薪やココナッツの殻を使い、竹筒を直火で調理することで、環境負荷の低い熱源を使いながら独特の味わいを生み出すことができます。

Cengkeh Afoのキッチン周辺を撮影するTVクルー。細部まで自然素材のマテリアルで、伝統的な要素とモダンな要素が融合しています。右側がクリス。

現在インドネシアではほとんどの料理に味の素といった化学調味料が使われてしまっていますが、そうした人工的な調味料を使わず、スパイスやハーブを伝統的な方法で調理することにより、十分に美味しい料理ができることを証明しています。こうした大量生産・大量消費社会に対する問題提議は、インドネシアではまだまだ進んでおらず、気候変動や環境問題に対する知識や理解も乏しいのが現状です。Cengkeh Afoはその歴位と伝統的なレシピを通じて、マインドセットを変えていこうという先進的な取り組みの一つなのです。

「ミサ、ぜひあなたにも出演してもらいたいの。」

クリスさんに言われて、急遽Cengkeh Afoの料理をいただき、コメントをする役を引き受けることに…!そもそも自分がカメラで撮られることが本当に苦手なのですが、初の食レポを英語ですることになりテンパってしまいました。ただ念願のCengkeh Afoの料理がいただけたので、これ以上無い幸運ではありましたし、竹筒を使った「リモリモ」は、クローブやシナモン、ナツメグを使ったチキンカレーのようなもので、フレッシュなスパイス&ハーブの香りを逃さずじっくり煮込まれていて、最上級の美味しさでした。

Cengkeh Afoで提供された料理の数々
縦長の器の真ん中が鶏肉とスパイスを使った「リモリモ」。

帰り道にリムさんがこう語ってくれました。

「例えば、インドネシアではプラスチックごみをポイ捨てする人がまだまだ多い。人々が現状を理解して、本気で変わろうと思えば、本来は2日〜3日で変われるはずなんだ。気候変動もそう。だからこそ一番大事なのは教育だと思うんだ。」

少しずつサステナビリティが推進されはじめているテルナテにおいても、気候変動がクローブに与える影響の調査はまだまだ進んでいないようでした。対策についてはもってのほか。だからこそ、Cengkeh Afoを中心に、ステークホルダーを巻き込み、コレクティブインパクトを生み出して行くことが重要だと感じました。特に伝統的なレシピを通じて、共感を広げるということに私も貢献できればと考えています。「The Heart of the Spice Forest」、日本でも出版できるといいなぁ。

Universitas Khairum Ternateの講師リムさん。講義の時間が迫っているにも関わらず、撮影が終わるまで時間を割いてくれました。

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