maeda penclub
あなたの2Q21の物語 (上)
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あなたの2Q21の物語 (上)

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物語は終わるべきではなかったし、それを見届けるのが僕の仕事だったのかもしれない。去年のコロナ禍において妻は自分探しを始めた。僕はそれを無視するわけにはいかなかったし、かといって口出しても何かが解決するわけでもなかった。

いま僕は語ろうと思う。
去年の続きを語ることができるのはある意味で幸せなことなのかもしれない。

2020年、日本がコロナ禍に突入した頃、妻は突然会社を辞めた。
それは春の嵐のように突然やってきたし、誰にも予想できたものではなかった。

「これからどうするんだろう」と僕が尋ねても、妻は部屋に引きこもり新しいビジネスについて模索していた。紆余曲折という簡単な言葉では片付けたくはないので、詳しくは去年のnoteをみてほしい。

簡単にまとめることはとてもできないが、妻は2020年下半期からセキュリティエンジニアになる決意を固めた。88万円の学費を払い、2021年3月までのセキュリティエンジニア養成学校に通い始めた。去年の物語はそこで終わった。

今から始める物語は2021年の話なのだ。きっと今から語る物語は長くなるだろう。


[1月-3月]

「話にならないわ」
妻は乱暴にノートパソコンを閉じて、イヤフォンを耳から引き抜いた。まるで皇帝ネロの圧政に怒りの声を上げるローマの兵士のように激昂している。
やれやれ、僕は心のなかで独りごちた。大方の予想はついているが妻の話を耳を傾けることにした。

「いったい何が不満なんだろう」
「ワークポートよ」

間髪入れずに妻は転職エージェントの企業名を口にした。
話を聞くと4月から就職するために転職サイトに登録していて、担当者とのオンライン面談があったのだという。妻としてはITエンジニアとして第一歩を踏み出すために、期待と不安が入り混じるなかでのエージェントとの面談だったのだ。ところがその結果は妻の期待を裏切るものとなった。

「未経験でIT業界に入れると思っているのかとか、舐めてるねとか、家族は反対していないかとか、ひどいことをたくさん言われたわ」

妻は顔を赤くしてまくしたてた。よほど厳しいことを言われたのだろう、妻の怒りはまだまだ消えそうにない。ただ僕としては予想通りだったので驚きはしない。少し言葉はきつかったかもしれないが、普通の反応だと思う。

「今どきにあんな仕事の仕方が許されるのかしら、ワークポートは昭和の起業体質ね!」
「耳の痛いことも言うのもエージェントの仕事なんじゃないかな」
妻は大きなため息をついた。

「ねえ、今は令和なの。withコロナの時代になり日本は強制的に変化を求められている。過去の成功体験にいつまでもしがみつくのは時代遅れなのよ」
「そうかもしれない」
「もういいわ、ワークポートには頼まない。他にもエージェントはいるんだから」

妻はノートパソコンを開き、他に登録しているエン・ジャパンやレバテックのマイページにログインしていた。

それから二週間ほど経った。それは穏やかな日々だった。
世界が新型肺炎と戦争をしていたり、妻が自分探しをしているとは思えないほど穏やかだった。そう、少なくとも僕には妻が就職活動をしているようには見えなかった。
イスラエルのスパイのように誰の目にも見えないように就職活動をしていたのかもしれないし、今は雌伏の時期と決め込み勉学に精を出しているかもしれない。

僕は黙ってそれを見届けるべきだったのかもしれない。ただ扶養にも入ることを拒否し、生活費だけを消費し続ける妻に対して声をかけないわけにはいかなかった。
妻はパソコンの前で動画による学習をしていた。僕は思いきって妻に尋ねた。

「就職活動の調子はどうかな」
妻は視線だけを向けた。それは黙秘を決め込んだ被疑者のように長い沈黙があった。尋ねてはいけないことを質問したのかもしれない。額に脂汗がじんわりとにじみ、喉が渇き、たらふく水を飲みたたいと思った。

「日本の転職エージェントは話にならないわ」
沈黙を切り裂くように妻が言った。
「それはワークポートではないのかな」
違う、と妻は首をふった。鬱陶しそうにスマートフォンのメールアプリを開き、僕に見せた。

“あなたにご紹介できるものはございません。”

「どこのエージェントも同じね、あの業界は斜陽産業よ」

妻はレバテックやエン・ジャパンといったエージェントに登録していたが、いずれも返信は同じ内容だった。僕はかけるべき言葉を失った。妻は学習動画を再開した。

エージェントは企業に人材を売りつけるのが商売だ。売れないと思った人材にはさっさと見切りをつけるのがセオリーなのだろう。振り返ってみれば面談してくれたワークポートが一番優しかったのかもしれない。

早いもので2021年も3月になった。妻がセキュリティエンジニア養成学校に通い始めて半年が過ぎようとしている。4月になれば卒業だ。

受講生たちは各々転職活動を並行しており、エージェントや学校から紹介された企業で働くのだろう。既に転職が決まった受講生もいるが、妻は進展がなかった。
4月から妻は何をするのだろうか。

転職エージェントに見切りをつけた妻は、足繁くハローワークに通った。来る日も来る日も求人票を何枚も抱えて帰宅した。未経験ITエンジニアの求人の希望は薄いとはいえゼロではない。妻は机に求人票を並べた。業種はさまざまで本当にIT企業かと首を傾げるものもあったし、自動車運転技術が求められるものがあった。

「片っ端からエントリーするのよ」

妻は真剣な眼差しで各社の募集要項を確認していた。
エントリーしたところで快い返事はほぼこない。若くはない未経験エンジニアを採用する企業などない。

就職先が決まらぬまま、セキュリティエンジニア養成学校の全カリキュラムは終了した。


[4月-6月]

絶望的かと思われた就職活動だったが、一社から内定通知があった。これをA社としよう。
すごいじゃないか、と僕は思わず声を上げたが、妻の表情は険しかった。

「この企業は自由すぎるわ。企業と言っていいのかどうか怪しいぐらいね」
確かにA社は数名規模の小さい会社だったし、事業内容も省エネや防災のコンサルティングだった。
「なぜ君に内定を出したんだろう」
「人数が少なくてIT周りを担当する人がいないのよ」

どうやら会社のIT周りをざっくり担当してもらうことが向こうの狙いのようだ。また儲けを出そうとしている企業ではないらしく、自分のペースで仕事をしても良いらしい。

残業も当然ないが、給料は大卒一年目ぐらいの額であり、そこからの昇給はないらしい。確かに特別魅力的な企業ではないが、IT未経験の妻が入社して、実際に仕事をしてみるのは悪くないと思ったし、強くノルマを課されるわけでもないので最初の挑戦としては無難ではないかと思った。また会社も家の近所であり、自転車ですぐに着ける場所だった。

「最初の挑戦としては悪くないと思うけど」
「いやよ。私はセキュリティエンジニアになるの。雑用なんかやるもんですか」
「やれやれ」

六月になるともう一社から内定が出た。これをB社とする。
B社は20人ぐらいのIT企業でSESをやっていた。社員はほとんど現場に派遣されていて、入社したら程なく妻も派遣される。

「悪くはなさそうね」
妻は言った。少人数とはいえ、れっきとしたIT企業から内定が出たことは驚きだが、僕は少し気になることがあった。

「SESはよく知っているけど、この企業はなんだか残業が多そうな気がするけれど」
妻は僕を睨みつけた。やっとの思いでつかんだ内定にケチをつけられたと感じたのだろう。
「あなたが私のSE転身に反対しているのは知っているわ、でも文句を言わなくてもいいでしょう」
「客先常駐してしまうとその現場に引きづられてしまうから、忙しくなったらとても残業することになると思う。そこが少し気になるんだ」
「残業なんかしないわよ」

「えっ」僕は驚いて聞き返した。

僕が客先常駐の仕事をしていて、現場によってはとても遅くまで残業していたことを知っているはずなのだが。

「ねえ、いいかい。僕は現場のプロジェクトに引きづられて一年ぐらいかなり残業したことがあった。それになる可能性があると言っているんだよ」
「ならないわ。定時になったら帰ればいいのよ」
「プロジェクト次第ではそうもいかない場合があるんだ」
「今は令和なのよ! いつまで昭和の働き方をしているの!」

妻は怒りに任せて声を上げた。やれやれ、僕はため息をついた。

それから1000人以上の大企業との面接を受けた。
そこもSESがメインの企業だったが、妻はその企業への就職を強く希望していた。
僕は前と同じ理由で反対意見だったが、それを述べるとまた激昂しそうだったのでやめておいた。

一社目の小さい企業で穏やかに働いてほしいというのが僕の思いだ。
その思いに反して妻は大きなIT企業への就職を希望していたが、1週間ほどすると不採用の通知がやってきた。妻はひどく落胆していた。

それから少し考えて、妻はB社に入社することを決めた。

セキュリティエンジニア養成学校を卒業してから三ヶ月の就職活動期間を経て、妻は未経験からITエンジニアとして企業に採用されたのだ。
それはシンプルに快挙であった。
「就職おめでとう」と僕は言った。妻の入社日は7月に決まった。

妻の就職が決まって家庭内の雰囲気も少し和らいだが、新型肺炎による社会情勢は真逆だった。新型肺炎の感染者数の増加が止まらない。去年の今頃は100人ぐらいで驚いていたのに今は桁が違う。

4月末には緊急事態宣言が発布され、街から活気が消えた。毎日の感染者は1000人を超えていた。世間はこのコロナ禍の中でオリンピックを開催するのかどうかで意見が割れている。

「私はオリンピック開催に反対なのよ」

妻は語気を強めた。その瞳は憤怒の炎で燃え盛りながら、ときに奈落のような底知れぬ闇が垣間見える。

「ねえ、いいかい」
凍てつくような視線をできるだけ直視しないようにしながらも、妻に届くようにゆっくりと丁寧に言葉を選び語りかけようとしている。
「君はオリンピック開催というトリガーに感情が動いてそのまま反応をしているんだ」
わけがわからないわ、妻は両手を上げて首を振った。初めて日本にやってきたポルトガルの宣教師のような顔つきだった。

「感情と反応は一緒じゃないんだ。感情は感情で受け入れて、その先を反応は選択することができるんだ」
「いったいどういうことかしら。あなたもアスリートファーストを掲げながら、国際公約だとか違約金だとかいって、オリンピック開催強行派なのね、そうなんでしょう」

僕ははっきりいえばプロ野球以外のスポーツに興味はない。どちらかといえば国際試合によってプロ野球のシーズンが中断することのほうが辛く感じている。
数少ない東京ヤクルトスワローズの精鋭たちがオリンピックの試合で怪我をしたり、その後再開したペナントレースの調子を落としてしまうことを危惧しているような人間だ。

「君は感情派の人間であることは知っている。僕が言っているのは、『感情と反応を一緒に捉えること』なんだ。その点について話したいんだ」
瞳に燃え盛る憤怒の炎が少し落ち着いてきたように見えた。
「オリンピック開催に反対している、という気持ちはあって構わない、それは君一人ではない。でも怒りに任せて反応をしてしまうのはベターではない。感情と反応を切り分けて考えるべきなんだ、わかるかい?」
話にならない、と妻はため息まじりに首を振った。

「とにかく私はオリンピック開催に反対なのよ」

六月も終わりを迎えようとしている。コロナ禍も一年以上続いている。
東京オリンピックは開催されるのか。妻はITエンジニアとしてやっていけるのか。2021年下半期に新型肺炎はどうなっていくのか。不安は尽きない。

僕も7月1日で36歳になる。
去年までは妻は僕にプレゼントを贈ってくれた。自転車だったり、少し贅沢な食事だったりとさまざまだ。ただ年末から今月まで妻は無職だった。お金もないだろうしプレゼントはないだろう。そう思っていた。

外は雨が降っている。どうせ緊急事態宣言中で外出する気はないから、天気が悪くてもどうでもいい。35歳の日々が終わろうとしている頃、そんな僕の表情を見て察したのだろう、妻が言った。

「今年は僕の誕生日プレゼントはなさそう、って顔をしているわね」
「そうかな」
「私は毎年あなたに誕生日プレゼントを贈っている、そうね?」
「そのだね、そして今年はそれを諦めている」
妻は大きなため息をついた。やれやれ、と言うように。
「誕生日プレゼントはあるわよ」
僕は驚いた。この無職期間に何を用意できたのだろう。妻は少しだけ微笑んだ。それは久しぶりにみる自然な笑顔だった。
「7/1からの私の社会復帰が誕生日プレゼントよ」
外はしんしんと雨が降り続いていた。


<あなたの2Q21の物語 (下)に続く>


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maeda penclub
1985年石川県生まれ。文芸創作とWebライティングをしています。2015年文学フリマに前田ペンクラブで出店。恋学、ニコニコニュース、岡田斗司夫毎日メルマガを書いていました。ハルキスト。