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桂小五郎青雲伝 ―炊煙と楠―       第六章 桂家の御曹司

                             火山 竜一 

第六章 桂家の御曹司

 翌日、昼過ぎのこと。
 昌景とお清と小五郎が、桂家の門前にお詫びにと寄った。
 昌景の後ろにお清、その脇に小五郎が立つと、弥之助が出て来てきた。

「どうか、今日は、ご勘弁くださいませ」

 弥之助は細く小さな目を伏せて、うつむいた。
 昌景は残念そうな顔をした。

「やはり、まだお怒りなのでしょうなあ。一言、お詫びをと思いまして、こうして小五郎とお清とで、お寄りした次第でして」

 昌景は、それとなく会えぬ訳を尋ねた。
 弥之助は九郎兵衛の体調が悪くなり、臥(ふ)せっていると語った。
 弥之助は前に両手を添えて、身を縮めるようにして何度も頭を下げた。
 どちらが詫びているのか分からないほどであった。

 弥之助は、何度も茶器のことが原因ではなく、もともと九郎兵衛は具合が悪かったと繰り返した。小五郎とお治に会ったときも、すでに随分無理をしていたという。
 弥之助の話に、昌景とお清は顔を見合わせた。
 昌景がどうしようと、困った顔をした。

 弥之助は腰をかがめると小五郎を覗き込み、優しく声をかけた。。

「せっかく来てくれたのに、九郎兵衛様にお会いできなくて、ごめんね。昨日は、来てくれて、本当にありがとね」

 お清は昌景を見てから、そっと菓子折りを弥之助に差し出した。

「それでは、どうかこれを、九郎兵衛様にお渡しいただけませんでしょうか」

 弥之助は困った顔をした。

「これは、これは、たいそうなものを」

 とんでもないと、改めて昌景は「気持ちばかりのもので」と、お詫びを入れた。
 ようやく、弥之助は菓子折りを受け取ってくれた。

「へえ、わざわざ、ありがとうごぜえます」

 小五郎はいくら弥之助が自分を慰めてくれても、塞ぎこむばかりだった。

――やっぱり、俺のせいだ。俺が悪いんだ。あのとき、火縄銃なんか、見たからじゃ。

 小五郎は桂家の門前で、ずっとうなだれていた。地面の土塊(つちくれ)に、目を落としているばかりだった。
 恐れ多くて、もう桂家の門をくぐることなんて、できないと思った。 

 数日後の昼に、弥之助が和田家の診察室脇の玄関に入って来た。

「和田先生は、いらっしゃいますでしょうか」

 出てきた昌景に、弥之助は、九郎兵衛の容態を伝えた。

「それは、いかん。さっそく青木殿を呼びましょう」

 弥之助が帰ると、昌景はすぐに出て行った。
 隣の菊屋横丁に住んている内科医の青木周(しゅう)弼(すけ)に向かったのだ。
 青木は昌景の年来の友である。小五郎も親しみを持っている。昌景より二十三歳も年下なのに、よく昌景と洒落(しゃれ)を競い合っている。機転の速い面白い人だと小五郎は思っている。
 とはいえ、昌景からは、青木は江戸で緒方洪庵と同じ師について学び、藩においては優れた蘭方医であることを教えられていた。
 医家の家柄でもないのに、一代限りで許されて御典医になった方であると。
 昌景からは、青木が漢方医学と西洋医学を修めて蘭学に通じ、兵学関連の蘭学書の翻訳もしているという。
 昌景は弥之助とともに九郎兵衛に会いに行き、夕方にようやく帰ってきた。青木とともに診察に立ち会っていたようであった。 

 夜になり、小五郎は布団に潜り込み、じっと天井を見上げていた。
 脇からお治の心地よさそうな寝息が聞こえてくる。
 昌景とお清は、隣の部屋で話し込んでいる。

 小五郎の耳にに、襖の向こうから、昌景とお清の抑えた声が聞こえてくる。
 昌景が静かな声でお清に諭していた。

「お前の気持ちは、ようわかる。とはいえ、これはよい話ではある」

 小五郎は耳を澄ました。

「実は、わしは、いつか九郎兵衛殿から、この話がくるのではないかと思っていた。桂家は由緒ある家柄だ。九郎兵衛殿には子がない。跡継ぎが喉(のど)から手が出るほど、ほしいはずじゃ。対して、我が家には跡継ぎの文譲がいる。九郎兵衛殿が小五郎を望むのは有り得ることだ」

 昌景は言葉を切り、時々考え込んでは、お清に話しを続けている。

「もちろん、小五郎を手離したくないお前の気持ちは、ようわかる。当たり前のこと。わしも同じ気持ちだ。そうはいっても、小五郎の将来を、よくよく考えてみよ。このままでいいと思うか。桂家は百五十石の大組士(おおぐみし)で、対して、わが和田家は二十石にすぎぬ。桂家は毛利家の枢要な役職である。奉公しだいで、代官や様々な役職につけるかもしれぬ」

 大組(おおぐみ)とは、家臣の最上位を毛利家一門、次が永代家老、一代の家老職である寄り組、続いて大組になる。四番目の地位となる。
 ちなみに医師はさらに下って船手組、遠近付、無給通、膳夫、寺社組以下と続く中、寺社組に絵師、能狂言師と同様に医師も入っている。

「今日、お見舞いに伺って、九郎兵衛殿に『本当に、小五郎でよろしいのでしょうか』と何度も訊いたよ。もうやっちまったが、今後も桂家に、大変なご迷惑をおかけするかもしれぬ」

 昌景は、九郎兵衛の話を、お清に告げた。

『昌景殿、拙者にはわかる。小五郎殿は見込みのある子でござる。どうか、九郎兵衛、一生のお願いでござる。拙者の代で、桂家が御家断絶では、死んでも死に切れん。なんとか、小五郎殿を我が家に迎えたい。拙者の思い、どうか聞き届けてはもらえぬか』

 昌景に、なんと九郎兵衛は、病床で両手を合わせて懇願したという。
 昌景はお清の気持ちが整理できるよう、静かに話し続けた。

「桂家と和田家の家が近いのも大きいぞ。これなら、小五郎は、いつでもお前に会えに来れるではないか」

 小五郎は布団の中に深く潜り込んだ。
 もはや、眠ることはできなかった。


 一週間ほどして、ようやく九郎兵衛の具合が落ち着いてきた。
 弥之助が和田家にやってきた。

「九郎兵衛様が、お待ちです」

 小五郎は、昌景とお清に付いて桂家の門をくぐり、九郎兵衛を見舞いに行った。
 奥の間で、九郎兵衛が床から体を起こして、微笑み頷きながら迎えてくれた。
 弥之助とお良に案内されて、三人は九郎兵衛の前に座った。
 茶器のことで改めて頭を下げた。
 九郎兵衛は茶器のことを歯牙にもかけず、ただただ嬉しそうだった。
 痩せて顔が土色をしている。
 目だけが強い光を放っていた。

 話は、体の具合や、世間話ばかりであった。
 とはいえ、小五郎は、昌景が連日桂家に寄っているのを知っている。
 外科医の昌景が九郎兵衛のところに寄るとしたら、単なるお見舞いだけでないことは、小五郎にも分かる。
 桂家から昌景とお清と小五郎が帰宅すると、昌景は小五郎に「奥の座敷に来なさい」といった。
 昌景は床の間の前に端座した。

 小五郎は昌景の前にすわった。脇にお清も着物の裾を折って座った。

 昌景は小五郎を正視した。

「お前を、九郎兵衛殿が養子にほしいそうだ。桂家の跡継ぎになってほしいとな」

 お清の涙声が続いた。

「小五郎や、私たちの息子であることは、変わらないのよ」

 小五郎は俯(うつむ)きながら聞いていた。
 口はへの字になっている。
 昌景の声の調子が強くなった。

「小五郎よ、お前は武士の道を歩め。医者の道より武士の道は遥かに広い。進む道を早く決めて、己を鍛え精進せよ」

 小五郎はというと、唇を引き締めたり眉間に皺(しわ)をよせたりしている。
 急に天井をにらみつけた。

――父上、母上に、見捨てられるわけではない。

 でも、小五郎に、九郎兵衛とお良を、父母と思える自信はまったくなかった。

「よいかな。お前の考えは、どうじゃ」

 昌景は一通りの話をすると、小五郎の声を待っている。

 ふと小五郎に閃くものがあった。

――父上母上と、別れるわけではない。そうだ、俺の家が、でっかくなるのかもしれないぞ。あっちも、こっちも、俺の家。

 先のことは分からない。
 でも今までとは違う。
 具体的には何も見えないのに、小五郎は自分の世界が、何倍にも広がると思い始めた。
 とはいえ、昌景に「お前の考え」と聞かれても、言葉はなかなか浮かばない。
 ようやく、小五郎は昌景に顔を向けた。

「父上、母上」

 昌景は身を乗り出した。
 小五郎の声は明るかった。

「父上が二人、母上が二人、倍じゃ」

 八歳になる小五郎は、自分の家が二つになれば両家を毎日行き来して、今日の昼餉はあっち、明日はこっちと選べるし、遊べるところも倍になると思った。

――そうだ、関ヶ原の話を、九郎兵衛様からもっと聞こう。

 次の日、暖かい日差しの中で、昌景と小五郎は和田家の庭に下りた。
 とっくに小五郎の背丈を超えた楠を、二人して見上げた。
 昌景が枝ぶりを指差した。

「すこし枝を剪定(せんてい)せぬと、隣の家に迷惑をかけるな。佐伯殿も、家の廂(ひさし)に枝がぶつかりはしないかと、心配であろう」

 昌景は剪定ハサミで、数本の枝を切った。

「小五郎よ。桂家は由緒ある武門の家柄だ。お前には今まで武士の素養など、何も教えてはこなかった。これからは、一から学ぶ心がけが大切じゃ」

 昌景は楠の先端を見上げた。

「楠は余計な枝を切れば伸びる。日が当たればさらに伸びる。肥沃な土地に植えれば、もっと伸びる」

 昌景は腰をかがめて、落ちた枝を拾った。

「ずいぶんと大きくなったな。この楠は、うちの庭では狭いかもしれぬ」

 昌景は腰を伸ばして楠を見た。
 この日から、養子縁組の話は本格的に進み始めた。 

 小五郎は、毎日、桂家に見舞いに行った。
 その都度、お良が玄関で迎えてくれた。
 小五郎はお良に打ち解けることが、どうしてもできなかった。
 お良は笑みもなく作法に厳格なようで、少しでも小五郎が汚すと、一瞬きつい顔になった。顔色が変わると、小五郎は苦しくなった。

 昼餉を、お良しと食べたことがあった。
 話らしい話もなく、お良と小五郎は黙ったまま、箸を膳に伸ばすだけであった。小五郎には、味もわからず、食べている気もしなかった。

 小五郎にとっては、母はやはりお清だ。

 ただ小五郎が桂家に行くと、奉公人の弥之助が、いつも遊びの相手をしてくれた。
 それが息苦しさの救いだった。
 結局、小五郎は桂家に行っては弥之助にまとわりついて、からかい悪戯をした。

 九郎兵衛の容体が急激に悪化してきた。
 医師の判断もあり、藩に届け出て『病中仮養子』となった。とはいえ、いつも小五郎は、夜には和田家に戻っている。
 真夜中のこと、小五郎は昌景に叩き起こされた。
 弥之助がすでに玄関にいた。血相を変えている。
 小五郎にも、ただごとではないことは分かる。
 弥之助の話では、九郎兵衛が小五郎と話をしたいとのこと。
 小五郎は眠い目をこすりながら桂家の門をくぐった。

 奥の間で九郎兵衛は床に伏したまま、うっすらと目を開けて、天井をぼんやりと見上げていた。
 九郎兵衛は、小五郎が入って来ると、やつれた土色の顔を向けた。

「小五郎かい。こちらへ」

 小五郎は九郎兵衛の脇に座った。
 部屋の隅の闇に、お良がうなだれて蹲(うずくま)るように座っていた。
 行燈が小五郎と九郎兵衛を照らしていた。
 九郎兵衛が目を細めて小五郎を見た。

「よく顔をみせてくれ。わしは、もういかん。せっかく、息子になってくれたのにのお」

 九郎兵衛は無念な思いのためか、声は低く力がなかった。
 お良がすすり泣いた。肩が落ちて痛々しかった。
 九郎兵衛は、はるか遠くを見るような目をした。

「江戸にいたころ、この世のどこかに、わが家の跡継ぎに定められた子が、きっといるはずと思っていたよ。帰ってきたら、お前と出会った」

 小五郎は九郎兵衛の白くなった唇を見た。

「わしの心は、お前が迷子になったあの夜に決まった。人さらいの男に抱えられた見たこともない子を、命をはって守ることに迷いはなかった。今思うと不思議だがね。」

 九郎兵衛の限りなく優しい顔が、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 小五郎は佐吉と出会った時のことを、昨日のことのように思い出した。

「向かいの家の子と知ったとき、わしのところに生まれるはずの子が、向こうの家に生まれてしまったと思ったものだ」

 衰弱しきっているのに、九郎兵衛は楽しそうな顔をした。

「なんて、そそっかしい神様じゃ。神様か仏様がな、お前の生まれる家を間違えたんだと。だから、お前は本当はわしの子。ちょっとだけ、昌景殿に貸しているだけとな。そんなことを思ったものだ。このこと、昌景殿とお清殿には内緒じゃぞ」

 九郎兵衛の目に、光るものがあった。

「お前がいろいろと仕出かすたびに、嬉しくて仕方がなかったよ。なあ、弥之助」

 弥之助が止まらぬ涙を、袖でごしごしとこすっている。

「本当に。旦那様はいつも『いい暴れっぷり』とお褒めでございました」

 九郎兵衛は、何か思い出したのか、笑みを浮かべた。

「小五郎よ。お前は、どうみても医者には向いとらん。だがな、武士としては、得難いものをもっている」

 九郎兵衛は、少し咳き込んだ。
 力を振り絞っているのが、小五郎にもよくわかった。

「わしはな、『小五郎、目の黒いうちに桂家に戻っておいで。お前の本当の父は、わしなのだ』と、そればかりを思ったものだ」

 九郎兵衛は疲れ切ったのか、しばらく昏睡(こんすい)した。
 弥之助が九郎兵衛を必死に呼んだ。

「九郎兵衛様、しっかりしてくださいませ」

 九郎兵衛が薄目を開けた。視線が定まらない。
 お良がにじり寄った。

「お前様、お前様」

 お良は袖で顔を覆った。細い肩が震えていた。
 九郎兵衛の落ちくぼんだ目が彷徨(さまよ)っている。
 小五郎は、自分にできることは何かを必死になって考え続けた。
 小五郎にもわかる。九郎兵衛の意識が遠のき、もはや戻らぬ道に旅立とうとしていることを。

――このまま別れるなんて嫌だ。

 でも、小五郎に何かできるだろうか。
 それは一つしかない。
 小五郎は九郎兵衛の節くれだった大きな手を握り締めた。
 九郎兵衛に寄って叫んだ。

「父上。父上」

 九郎兵衛が、嬉(うれ)し気に頷いた。口元を、そっと緩めた。ささやかな微笑みだった。

 九郎兵衛の声が小五郎の耳元から遠去かっていく。

「小五郎よ、達者でな……もう思い残すことはない。皆、ありがとう」

 九郎兵衛は静かに目を閉じた。
 小五郎が養子となって二十日後のことであった。九郎兵衛は六十二歳で亡くなった。
 天保十一年四月十三日(一八四〇年)、小五郎が八歳の時であった。
 その後、小五郎の末期養子が認められて、桂家は存続することになった。毛利家の定めで家禄は百五十石から九十石になった。

 和田小五郎は、桂小五郎となった。

 桂九郎兵衛が四月に亡くなって半年後のこと。
 正月を過ぎてから、お良は激しい頭痛を訴えて昏倒(こんとう)した。
 お良は寝込んだままに意識は朦朧(もうろう)として、譫(うわ)言(ごと)を呟き続けた。
 急遽、青木周弼や和田昌景、桂家の縁者が、お良の床の周りに集まった。
 冬の寒々とした昼のことだった。
 布団から見上げるお良の虚ろな視線は、小五郎にはどこに向けられているのか、わからなかった。
 小五郎はお良の脇に座った。
 後ろに昌景とお清が詰めた。
 青木周弼がお良の手を取り、脈を診ている。
 小五郎は弥之助とともに、お良の譫(うわ)言(ごと)を、耳を寄せて聞き取ろうとした。

「御新造様」

 弥之助の必死の声もお良には届かなかった。
 突然、お良が小五郎には聞いたこともない名を呼んだ。

「亀や、亀や、どこにいるの」

 小五郎は振り返って弥之助を見た。
 弥之助の頬に鳥肌が立っている。顔が蒼ざめていた。
 弥之助の唇が震えた。

「生まれて、しばらくして亡くなった、亀之助様のことでございますよ」

 小五郎は初めて桂家に子供がいたことを知った。
 お良は、はるか遠くに呼びかけている。
 小五郎は昌景に目を向けた。
 昌景は腕を組み目を閉じて、昔のことを語った。

「亀之助殿が亡くなったのは、たしかお良殿に、可愛らしい笑顔を向け始めたころのことであったなあ。体が弱くて不憫であった」

 弥之助がおいおいと泣きだした。
 昌景の斜め後ろに、お清も座っている。
 昌景越しに、お清の声が小五郎に聞こえたような気がした。

 お清は「……してあげなさい」と、小五郎に何かを促している。

 小五郎は、振り返り、お清の瞳を覗き込む。
 小五郎には、お清の瞳もお良の瞳と同じだと思った。
 小五郎はお良に向き直った。
 お良の耳元ににじりよる。
 ずっと遠くのお良に聞こえるようにと、声をかけた。

「母上、亀之助ですよ。亀之助は、ここにおりまする」

 お良のもう何も見えぬ目が開かれた。
 視線は亀之助を探している。

「亀之助かい。亀之助かい」

 澄んだ弱々しい声が、お良の周りに集まるすべての者の胸に染み渡っていく。
 小五郎には、お良の、このような声を聞いたことはなかった。

「どこに、どこに、行ってたの。母は待っていたんだよ……ずっと、ずっと」

 お良の声は、途切れ途切れとなっていく。

「亀や。もう離れてはいけませぬ。わかりましたか」

 小五郎にはけっして見せることがなかった母の顔であった。
 突然、弥之助が突っ伏して、激しく泣きだした。
 小五郎は、お良の耳にさらに口を寄せた。

「はい。母上、亀之助は、ずっとお側におりまする。もう、けっして、離れませぬ」

 小五郎は声が届いてほしいと願った。
 今、この瞬間は、お良のことしか考えていなかった。
 お良の涙が一滴、目尻から耳へと流れていく。

「ああ、うれしい」

 お良は頬笑みを浮かべて、眠るように目を閉じた。
 青木周弼が脈をとって昌景を見ると、静かに首を振って臨終を告げた。
 お清は、お良を見つめながら、そっと目頭を袖で押さえた。

「なんて優しい顔でしょう」

 昌景は、よくやったと小五郎の肩を包むように抱いた。
 小五郎はお良を見つめたまま、独り言のように呟いた。

「弥之助、二人だけになってしまったね」

 弥之助は首を振って、真っ赤な目で小五郎を見た。

「桂家は、これからでございますよ」

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