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即興小説置き場

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即興小説置き場。未完もゴッチャ
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2014年8月の記事一覧

自殺少年

月曜の朝、出社を急ぐ由美の目に飛び込んできたのは、高いオフィスビルから飛び降りようとする少年の姿だった。
少年は五階立てのビルの屋上の、そのフェンスに足をかけて体を乗り出している。危ない、と体がこわばったが大声を出すのも恥ずかしいので、そのまま少年を見つめていた。
少年はイライラする速度でようやっとフェンスを乗り越えると、鳥にでもなったかのように両手を真っ直ぐに広げた。そうして胸を前にして屋上

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DASH 0円食堂

そのじゃがいもにしてみれば晴天の霹靂である。
母の手に繋がれてどのくらい立ったろうか、土の中は暖かく心地よかった。兄弟達はピクリとも動かなかったけれど、意志らしきものは感じられた。今日は雨が降るね、ああ、モグラが其処まで来てる、ミミズが這ってくすぐったい。時折兄弟が激しい日の光に晒されたのち、母の手を離れ声を失ってしまったが、すぐさま新しい母があり、兄弟を、姉妹を、そして自分をしっかりと土の中に守

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天国大統領選挙

ここ、天国において大統領制が試行されたのは、イースターの日、復活祭の当日であった。
天国においての復活祭は地上のそれよりも豪勢に、派手に行われるものであったので、天使、特にキューピット達は、この大人たちのエゴに甚く不満を漏らしたが仕方がない。なんといっても神が、どうしても神を辞めたい、と言い出したのである。四大天使を中心に、長きにわたる神への説得が行われたが、彼はどうしてもそれを聞き入れなかった。

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小説家達の命日

ここにペンがある。
設えは木工、職人の手によって削られた表面は鼈甲の如く輝いており、周囲を飾る銀製の装飾にもこだわりが見えた。ペン先は真鍮、よくインクを吸って、材質を選ばずに良く書ける。そのペンで書かれた文字は、たとい文字を読めぬ子供であろうとも、老人であろうとも感心をさせた。一つの物に命が宿るとは、果たしてこうした事である、それを如実に人々に見せ付けた、素晴らしいペンであった。
そして、そのペン

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探偵カラス

突然ですが、カラスって賢いんですってね、とその男は言った。
自宅のリビングのソファに座っているその男は、なんというか野暮ったくて不潔で、その上気味が悪かった。何日間か洗っていないであろう髪がべったりともみあげにひっついていて、真っ黒くなった爪で、そのぺたりとした髪の毛を掻くものだから、佐和子がいつも清潔に保っているリビングのイタリア製のソファの上に、フケのような、フケでないような不思議な物体がいく

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ちぇんじ、ざ、すたっぷ細胞

同性愛者を、社会的に認めなくなったのは、明治の初期、海外から西洋文化の波が押し寄せてからだという。
キリスト教的な一夫一婦制、永遠の愛を誓い、生涯相手を変えないという結婚のスタイルは、それまでの日本の性風俗を一変させた。妾、陰間、男色、夜這い。性というものに倫理を使わなかったと見える日本人にそれはどう映っただろう。かつての日本において、男色は嗜みであったし、夜這いも、寂しい未亡人を慰める一つの手段

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不惑の夢

工藤良助という男がいる。ボサボサの髪の毛を湛えた小太りの男で、猫背に隠れた顔の下でいつも何事が呟いている。その言葉も聞こえにくくて尚且つ、滑舌も悪いので何を言っているのか他人にはよくわからない。聞き返されるのが嫌で、下を向いて喋るようになってからはや数十年、彼は自他共に認める非リア中の非リアに成り下がっていた。
服装に気を使って、彼女なるものを得ようとしたのも随分昔の事だ。何をどう着て鏡の前に立っ

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昼下がり先生

二年A組の担任で、現国を教えている日盛(ひさかり)という教師がいる。昼休みには職員室の窓から校庭を望みながら、こくりこくりと居眠りをするので生徒からはこっそりと、昼下がり先生、と呼ばれていた。頭皮を申し訳なさげに覆う髪を、暖かな昼下がりの風に靡かせて今日も昼下がり先生は居眠りをしている。細い棒のような体に似つかわしくない大きな頭が船を漕ぐたびに、度数の高い黒縁メガネが落ちそうで、落ちなくて、その様

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萌えに対する極刑

「酷い、酷い、酷いって思わないか、なあ」
と隣にいる、もう既に物体、と化している友人が俺に呼びかけた。
朝の眩しい光が、簡易なキッチンの小さな窓から差し込んできている気配は感じていた。けれども目の前にある原稿はまだ、半分ほどしかペン入れが終わっていない。髪の毛には消しゴムのカスがこびり付いていて、三日間着たままのスウェットにはスクリーントーンが張り付いている。

「俺達なんでこんな事しているんだろ

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くうぼうさん

とある老紳士より、こんな話を聞いた。
その紳士がが未だ少年の頃だったというから、かれこれ60年、70年は前のことだろう。当時は日中戦争の只中で、人も物資もみな戦争に取られて都会では食うに困る生活をしていたが、幸いその紳士にはよい疎開先があったそうで、戦時中にもかかわらずのんびりとした田舎暮らしを楽しんでいたという。米も食料も、本当は全て国に差し出す、はずであるが、田舎の人間というのは狡猾なようで、

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ダイヤモンドの遺言

坂東弥助は今年180歳になる。家人からも連れ合いからも、子供からも「いつ死ぬか、いつ死ぬか」と言われながら結局この年まで生きてしまった。もう孫は爺と言われる年になって、玄孫には孫がいる。自分でもいつになったら死ねるのか、と常々考えているのだが、未だ足は萎えず、耳はいい。未だに針の穴に糸を通せるし、三食しっかり白米を食べる。日に一里の散歩は欠かさないし、何故か朝も、決まった時間に目が覚める。長寿、と

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個人的に好きな作品で無題

私の家にゴリラが住み着きだしたのは、今からちょうど三ヶ月前のことだった。残業続きで疲れきった体を引きずりながら玄関の扉を開けた時のその衝撃を、一体どうやって表したらいいのか。真っ暗な部屋の中に一匹のゴリラがいて、何か言いたそうな物憂げな表情でこちらを見つめている。そして丁寧にも正座をしていた。私は全人生でこれ以上ない、という絶叫をあげて近隣住民に助けを求めたのだが、最初は血相を変えて飛び込んできた

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未完

眼球が家出をした。まず、家出を持ちかけたのは右目の方だった。
右目は実にうんざりしていた。宿主はいつもいつもPC画面にかじりついて、網膜に入ってくるものといえば、いかがわしいアダルトサイトばかりである。
本来の右目の役割は確かに物を見ることであるが、彼自身が見たいものは美しい風景だったり、叙情溢れる詩歌であったりしていたのだが、宿主の脳細胞はそれを全く理解していなかった。右目はいつも強制的に、

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