探偵カラス

突然ですが、カラスって賢いんですってね、とその男は言った。
自宅のリビングのソファに座っているその男は、なんというか野暮ったくて不潔で、その上気味が悪かった。何日間か洗っていないであろう髪がべったりともみあげにひっついていて、真っ黒くなった爪で、そのぺたりとした髪の毛を掻くものだから、佐和子がいつも清潔に保っているリビングのイタリア製のソファの上に、フケのような、フケでないような不思議な物体がいくつも落ちていて、佐和子はそれが不快でならなかった。本当は今にも大声をあげて、自宅から追い出したいところではあるのだが、そういう訳にもいかなかった。この不潔な男は刑事である。それも殺人課の。
「カ、カラスって、あの、人のね?顔、覚えているらしいんですよ。へへ、こう、餌をくれる人とかをしっかり覚えてて、そういう、ん、そういう人には危害を加えないらしいん、です」
どもるし、つまるし、噛む。コミュニケーション能力とは、相手に自分の意思を伝える能力である。この男の話しぶりをみているだけで、普段のこいつの様子を押して知れる、とも思った。

冷静を装って言う。
「それと、今回の事件と何か関係が?」
佐和子の友人、吉田まりが殺害され、全ての爪を剥がされて遺棄された事件が起きたのは三日前だった。彼女の死体が発見されたのはここから数キロの山の中であったが、まりと最も親しかった佐和子の情報を警察は直ぐにかぎつけ、事情聴取という名の尋問をされている。磨き上げられたテーブルの上にのる、高級茶葉でいれたストレートティーを口につけた。この香りと味も、きっとこの刑事には半別など着かないだろう、と思った。
へ、へ、へと途切れるような笑い声を立てて、その刑事は笑う。隣にいる巡査は中々顔のいい精悍な男であったので、余計にその気持悪さが引き立った。顔をしかめて、佐和子は刑事の話を聴く。

「最近、ここ、カラス、カラス多いですよね」
そうかしら、と佐和子は答えた。「東京なんてカラスの巣ではなくて?皆そこいらにゴミを出しているもの」
また、警官が笑った。
「さ、最近はね、結構厳しくなってるみたいですよ。それと、カラスって、血の匂い好物なんです。遠くからでもかぎつける。そして、仲間、仲間呼ぶんですよね、へへ」
一呼吸、おいて、警官は続ける。
「爪、お好きですか。佐和子さん」
佐和子の目が細められる。気がついているのか、と思う。まりの爪は綺麗だった。まりの指は細くて美しかった。警官の懐からビニール袋が取り出された。中にあったのは、美しいネイルアートの施された小指の爪だった。
「四日前に新宿のネイルアート室で、施したものだそうです。まりさんのものですね。カラスの、胃袋から出てきました。この、家の屋根に止まっていたカラスです」
佐和子の喉が震え始める。やっぱり人を不快にする、薄気味の悪い笑顔で警官は言った。
「カラスって、利口なんですよ。餌、くれる人の側にいるんですから」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?