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『僕のヒーローアカデミア』アニメ116話を語るかい?

執筆日:10月24日


『僕のヒーローアカデミア』のアニメ6期を追い始めた。


ゆーてまだ3話だから時間作って追いついた。


僕はあらすじを語るのめんどうなんで、ヒロアカわかる人だけ付いてきて。


あと、ネタバレ注意ね!言ったからね。


ということで話していこう。


現時点での最新話は116話。


トゥワイスとホークスが戦うところ。


上の文章からわかる通り、ヴィラン(敵側)であるトゥワイスが主役の回だった。


それほど魅力的なヴィランの最後だった。


これはヒロアカに限らないんだけど、魅力的なキャラが敵にもいると、善悪の戦いではなく、自分たちの「正義」のぶつかり合いなのだと感じる。


トゥワイスの過去は壮絶なものだった。


働いていた会社の取引先と事故ってしまい、解雇。


二倍の個性で話し相手を作るも、自分のコピー同士が殺し合う。


そんな辛い目に遭ってきてたどり着いたのがヴィラン連合だった。


トゥワイスは人が良い。逆を言えば騙されやすい。


その人の良さにつけ込まれて二度も仲間を窮地に立たせてしまう。


それをホークスには「運が悪かった」なんて一言でくくられた。


人を自分の物差しで計るな。


人には人の心地いい場所があり、人には人の正義がある。


それを理解せず、勝手に現行制度で善悪を判断するな。


確かにやってることは犯罪なのだ。


「個性」と言われる超常能力を世界人口の8割が持つ時代に、「個性を使うな」というルールが敷かれている。


核や武器という「個性」を持った人が好き勝手に暴れると世界は争いになるでしょ。


だから「使うな」と言われる。


それなら理解はしやすい。


だけど、「文才の個性も使うな」、「力持ちの個性を使うな」と人の役に立てる個性すら抑圧されてしまったら?


それなら止めるべきだよね。


ヒロアカの世界でやってるのはこの二つの対立である。


「個性」で人を傷つけることを抑えるために、人の役に立てる「個性」でも抑圧する。


「個性」そのものの否定。


だけど「個性」を抑圧するために、ヒーローの「個性」使用が認められている社会。


そんな絶対正義が存在しない、正義の対立が描かれているからこそ今回のトゥワイス回は感動した。


「なぜ感動したか」を考えてみると結構おもしろいよ。


自分の中で「ヒーローが正義」という価値観を持ちながら、「ヴィランの主張も納得できる」自分がいるから。


それを現実社会に当てはめてみると、例えば「お金」かな。


「お金が絶対正義」という資本主義社会を生きてるけど、「金持ちは卑しい」という価値観もあるし、「だけど貧乏は嫌」という反対の気持ちも持っている。


これの解決する僕なりの方法は、自分が金持ちになっていい使い方をすることかな。


「いい使い方」ってのも自分基準でいい。


高級車を買うことを「卑しい」と思われても、自分が「かっこいいから買った」という納得の使い方をしているならいい。


要は、すべての人が自分基準で生きれば世界は回るのかなと。


自分のしたいことするけど、自分がやられて嫌なことは人にしない。


「個性」を使っていいけど、人に危害を加える使い方はしない。


当たり前なんだけど難しい。


なぜなら価値観は人それぞれだから。


自分が嫌じゃなくても、人は嫌がるかもしれない。


そう考えると世界はこのままだろうな。


基本ヒーローを正義と見て物語を追っていくけど、ヴィランの主張も未来の糧になるんだろうなと思っている。


今日は何の話だ?


「ヒロアカの感想を語る回!」ということで終わり!


読んでくれてありがとう。いいねやコメントよろしくね。


じゃあ、また。


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