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台風の危険性の真実~気象予報におけるAIの限界

勢力の大きな台風10号の振り回されている日本。速度は日に日に遅くなり、人の移動速度程度までになった。徐々に勢力が弱まったと安堵する人も多いかもしれないが、中心気圧が上がり風速が落ちているだけ。降雨量と中心気圧には何の関係もないのので、大雨の危険性は未だに拭い切れていない。川の氾濫、冠水の危険性が高い地域もあるので、まだ予断を許さないということだ。

地震だけでなく台風も多い日本だが、気象庁の記録による統計上残っている最多数の台風記録を調べてみると、発生数では1967年の39個、上陸数では2004年の10個。台風シーズンという言葉があるように、1年通してではなく、ある時期に集中する傾向にある。そう考えると、この数は驚異的な数字だ。

地域により基準は多少異なるが、一般的に平均風速が陸上で秒速20m、海上で秒速25m以上になると暴風警報が発令される。秒速20mというと遅く聞こえるかもしれないが、換算すると時速72kmといえばその速さが分かるだろう。高速道路を走る自動車の速度とほぼ同じ。1kgの物体が秒速20mで移動したときの運動エネルギーは、
0.5×1kg×20m/s×20m/s=200J (j:ジュール/エネルギーの単位)

1Jというエネルギーは1N(ニュートン)の力で物体を1m移動させる仕事に換算ができる。ちょっと分かりにくいので話を単純にしてみましょう。

重さ1kgの物体にかかる力が9.8N
地球が物体を引き寄せる力(=重力)と思ってください。10kgの物体にかかる力は、10kg×9.8N=98N、だから、
200J÷98N=2.04081・・・≒2.0m

現実には静止摩擦や動摩擦、空気抵抗など様々なものがあるが、そういうものを無視すると、10kgの子供が2m吹き飛ばされるエネルギーとなる。

子供が2mも吹き飛ばれて無傷ではいられない。この危険性があるから暴風警報が発令されると学校は休校になるのだ。計算上にはなりますが、40kgなら0.5m、70kgでも29cm吹き飛ばされることになるので、まともに歩ける状態ではない。商店の看板が飛んできたり、木が折れたりするのは当然だ。暴風警報が解除されたとはいえ、未だに最大風速18m/s、最大瞬間風速25m/s、風の影響を受ける地域では十分に注意をしてほしいと思う。

また、台風10号では雨による災害も心配されている。「線状降水帯」という言葉が何度もニュースで出てきている。気象庁によると線状降水帯とは、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域」のことをいう。

通常の雨であれば雨雲が流れて晴れ間がさすが、線状降水帯の地域では、次々と雨雲が発生し列をなすため、晴れ間がさすことはなく雨が長期間続く。
さらに、通常の降雨量より多い降雨量になる場合でないと線状降水帯とはいわない。「いつもより強い雨が長い間降り続ける」のが線状降水帯なのだ。

降った雨が排水されるよりも多くの雨が降り続けるわけだから、道路の冠水、河川の氾濫などが起こる。山間部であれば、大量の雨により土壌が流れたり緩んだりして、土砂崩れの危険性が高まる。

日本の国土は、山地が61%、丘陵地(山地と平地の中間的な起伏をもった地形)が11.8%だ。72.8%もの地域で土砂災害の可能性があることになる。今後の予想進路を見ると、山間部が多い地域を通過する予想になっているための、早めの避難が望ましいだろう。

温暖化による海水温の上昇が強い台風を生み出しているといわれているが、台風の予想は非常に難しい。そこで、近年では、従来型の「観測データを増やす予報」だけでなく、新しくAI(人工知能)によって観測データの分析精度を高める予報を導入している。

気象予想は、計算学です。計算によって台風の進路や強さを割り出し、統計データによって予測を裏付ける。この部分をAIの機械学習とディープラーニングによって精度を上げようということだ。

しかし、台風や気象予測に伴う誤差は避けて通れない。気象庁も予報期間に応じて、数値予報モデルを変え、予報領域とメッシュ(格子)間隔を変えて予測する。各種の数値予報を使って将来の天候を予測しても、長期間の予報は困難。
この不確定さの要因としては「大気自身の持つ性質」「観測データの不足」「数値予報モデルの限界」などがあげられる。

・「大気自身の持つ性質」
大気の振る舞いにはカオス性といって、将来の状況を断定的には予測できないという性質がある。

・「観測データの不足」
 大気の振る舞いに影響を与える海洋や陸面の状況が観測データの不足から十分に把握できず、予報を始める初期の状態に不確かさが残る。

・「数値予報モデルの限界」
 モデル格子の細かさには限界があり大気の振る舞いを完全には表現できない。

これらの天候予測の不確定さの要因は短期予報にも含まれているが、予報期間が長くなるにつれて予測の不確定さも大きくなっていく。また、観測データの不足や、数値予報モデルの限界は、技術が向上すればある程度は改善されるが、カオス性による誤差はいくら技術が向上してもゼロになることはない。自然のすべてを人間が掌握することができないのが残念ではあるが、少しずつ改善、改修をされ、精度を高める努力は続いている。

AIだけに頼るのは現実的ではないため、予測に伴う不確定さを考慮することで将来の予測を可能にする手法として「アンサンブル予報」という手法も利用されている。アンサンブル予報とは、わずかに異なる複数の数値予報を行ってその結果を統計的に処理することで、不確定さを考慮した確率的な予測を可能にするもの。季節予報では、初期値にわずかなバラツキを与えた複数の数値予報(1か月予報では50例、3か月、暖・寒候期予報では51例の数値予報)を行い、その結果を統計的に処理することで将来の予測を行う。

複数の数値予報の結果を平均(アンサンブル平均)することにより、一つ一つの数値予報結果に含まれる誤差(予測の不確実性が高い部分)同士が打ち消しあって平均的な大気の状態の予測精度を上げることができる。 また、複数の予報を行うことで、それぞれが同じような状態を予測していれば、その状態が発生する可能性が高いと判断でき、逆にそれぞれがバラバラの状態を予測していれば、予測精度が低いと言える。

このように、アンサンブル予報を用いることで予測の不確定さの大きさを見積もることも可能になる。明日・明後日のような短期間の予測では誤差がそれほど大きくならないため、アンサンブル予報を用いない予測が可能だが、季節予報のような長期間の予測では、予測ができなくなってしまうほど誤差が大きくなるため、アンサンブル予報を用いる必要がある。

地震や台風の多い日本では、気象観測からの予測の精度を高める必要がある。精度が上がれば上がるほど、被害を最小化できる可能性も高くなる。今までのように気象予報士による経験則も大切だが、AIのような新しいアプローチも導入し、より精度を高める努力がされている。

これは気象庁だけでなく、民間の気象予報会社も同様。AIが普及し、有用性も理解されつつあるが、「何を学習させるか」「学習データをどれだけ集めるか」は人間の仕事であり、それがAIを育てることになり、人間に恩恵を与えてくれる。AIはまだ子供のようなもの。大人が育てる必要がある。将来、優秀なAIに成長することを期待しながら育てる人間側の努力は、まだまだ必要なのだ。

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