哲学の話:ハイパフォーマーが持つ「真・仮説思考」
弊社のスタッフは長年のコンサルタント業務を通じて、多くの優秀な社員、つまり「ハイパフォーマー」を見てきた。ハイパフォーマーになれる人はどういう人だろうか。
それには多くの側面があるので、簡単には語り切れないが、その中でも、ハイパフォーマーと呼ばれる人が持つ共通の特長がある。本稿ではそのうちの一つを紹介したい。
それは「真・仮説思考」のできる人だ。
仮説思考については一般的なロジカルシンキングの本にもよく書いてあるが、「真・仮説思考」は単なるロジカルシンキングではない。ハイパフォーマーは、それを早く、深く、スピーディに行う。その意味で、単なる仮説思考ではなく「真・仮説思考」なのだ。
例えば、あるレストランの店長が、最近利益が落ちていることに気づいたとしよう。この時の問いは
「なぜ、利益が落ちたのか?」
このようなとき店長がハイパフォーマーならば、メニューがマンネリ化しているからかも、原材料のコストがあがったからかも、接客のクオリティが下がったからかも、などと、一足飛びに結論を考えたりしない。
ハイパフォーマーは段階的、かつ論理的、そしてスピーディに次のように考える。
まず、
利益= 売上 ― コスト
なのだから、利益が下がるのは、
仮説1:売上が下がる、
仮説2:コストが上がる
仮説3:その両方
の3通りのパターンが考えられる。これが仮説だ。今回の場合、どの仮説が正しいかを調べる必要がある。なぜなら、どの仮説が正しいかによって、取るべき方策が変わるからだ。
仮説検証とは、仮説の正しさを実証的に考えることである。①を検証するには、昨年度同期の売上高を今の売上高を比較することでできるはずだ。②も同様に昨年度同期のコストと比較すればいい。(いまはコロナ禍を考えないことにする)
いまその結果、コストは変わっていないが、売り上げが下がった、という事実がわかったとしよう。
そうすると、つぎに設定するべき問題は、
「なぜ、売り上げが落ちたのか?」
に変わる。売り上げが落ちる原因にはそれこそたくさん原因があるだろう。だが、店の立地条件、最近変わった環境、普段の観察などから、ある程度まで有力な仮説を絞り込むことが可能なはずだ。まず確実に考えられる仮説は、
仮説1:来店者数が減った
仮説2:一人当たりの客の支払い額が減った
の2つだろう。
それらを調べる、つまり仮説検証するには、前年度同時期(場合によっては前月)の来店者数と客一人あたりの支払額と、現在の額を比較してみるといい。ここでは、支払額は減っていないが、来店者数が減ったという事実が浮かび上がったと考えてみよう。
すると、次に設定すべき問題は、
「なぜ来店者数が減ったか」
になるはずだ。そして次の仮説を立てる。状況によっていろいろな仮説が可能だろう。例えば、
仮説1:近くに競合となる他の店ができた
仮説2:自分の店の味やメニューが変わった
仮説3:近くにあった大規模な企業オフィスが他所へ移転した
仮説4:近所にあった便利な駐車場が閉鎖した
などが考えられる。そして、これらの仮説一つ一つをいかに検証できるかを考え、次の問題設定をし、新たな仮説を作り原因を探っていくのだ。
例えば仮説1を検証するならば、①競合店は近くにできているか、をまずチェックし、そのような店があったならば、その店のオープン前後で、自分の店の来客数が変わったかをチェックするべきだろう。そして、競合店オープン後に来客数が減ってきたならば、高い確率でお客が競合店に流れていることになる。
そうすると、問題は
「なぜこれまでの客が競合店にいくようになったか?」
に変換される。そうすると次の仮説として、
仮説1:競合店の方が美味しい
仮説2:競合店の方が安い
仮説3:競合店の方が立地条件がいい
仮説4:競合店の方がサービスの質がいい
などが出てくるだろう。それらの仮説を検討していき、主要因が特定できたら、それを解決するにはどうすべきかを考え、実行に移す。
このプロセスは、実は科学哲学で編み出されたものに基づいている。哲学者、カール・ポパーは、「科学的」とは何か、を考え続けてきた。その結果、仮説演繹法(hypothetico-deductive method)によって、科学的思考が発展すると主張した。
この仮説演繹法の内容を知る前に、まず演繹と帰納について理解しなくてはならない。
演繹とは、ある前提に基づいて論理的に予測を行うことである。
例えば、店の利益が落ちている、という「事実」があり、その原因を探るときに、利益が落ちているならば、①売り上げが下がっている、②コストが増えている、③その両方、の3つが論理的に導き出される。これが演繹だ。
一方、帰納とは、観察したデータから、一定の法則を導きだすことだ。
例えば、自動販売機の清涼飲料水の売り上げを予測するときに、さまざまな条件を考慮して、売れるときと売れない時に何が違うのかを特定しようとする分析がそれにあたる。某大手清涼飲料水メーカーの担当に人に聞いたところ、最も大きな原因は「気温」だそうだ。つまり暑いほど自販機のドリンクはよく売れるということだ。
重要なのはこのとき、あらかじめ原因の予測をしているわけではない点だ。データからのみ結果を導こうとしている。これが帰納的方法だ。
ポパーが提唱した仮説演繹法とは、簡単に言えば、演繹によって仮説を作り、帰納によって仮説をチェックするという方法である。厳密にいえば、帰納によって仮説は間違っていることはチェックできるが、正しいということを確認することはできないとされている。その理由については、難しくなるので割愛する。
要するに、問題を引き起こす原因について「もし原因がこれならば、こんなことが起こるはずだ」と仮説を立て、それをデータによってチェックしていく作業が仮説演繹法であり、これを絶え間なく、深く、スピーディにやっている人はハイパフォーマーであることが多い。
だが、ハイパフォーマーではない人は、大抵この手順を踏まずに思いこみだけで原因を決めてしまうことがある。例えばレストランの利益が下がったときに、従業員の頑張りが足りない、サービスが行き届いていない、などと決めつけてしまう場合だ。
また、仮説を立てずに、帰納的な方法だけで原因を特定しようとする場合も、失敗のリスクが高い。
例えば、これはアメリカの大学の統計の授業で実際にやってみたことだが、都市の犯罪の構造的原因を探すために、都市のあらゆるデータ(人口、面積、車の数、その他たくさん)を入れて統計分析にかけてみた。すると、統計的に一番重要な要因として、都市にある街灯の数が候補として上がってきた。つまり街灯が多いほど犯罪率が高まるということだ。もしこれが原因ならば、街灯の数を減らして都市を真っ暗にすれば、犯罪率は減る、という話になる。
どう考えてもこの説明は間違っているだろう。都市の規模というファクターが主要因なのに、たまたま街灯の数の方が、犯罪率と相関が高かったため、統計ソフトはそれを原因として出してしまったのだ。
この間違いは、演繹的に考えて初めて分かるものだ。街灯の数が減ると犯罪が減るという論理がどうしても成り立たないため。この結果に疑問を持つことができる。何も考えずに、まずデータだけ見る、というのも方向を見失ってしまうのだ。
実は、今のビジネスは、帰納に過剰な期待をしていると私は考えている。ビッグデータやAIテクノロジの発展は目覚ましく、ビジネスでも「データドリブン型〇〇〇」といった名称が雨後の筍のような勢いで使われている。一方で、コンピュータが統計やニューラルネットアルゴリズムではじき出した結果を鵜呑みにすることは非常に危険なことを知っておくべきだ。
以前にも書いた通り、アマゾンのAIを使った人事採用には男女差別が起こったし、アメリカ司法省の再犯率予測プログラムのAIも人種差別する結果を出している。もともとAIを教育するための入力データにバイアスやノイズが入っているためだ。
データ、特にビッグデータは、「宝の山」と呼ばれるような有益な情報を持っている可能性がある一方、ゴミやジャンク情報の方が、実は圧倒的に多い。その中には、ターゲットとなる変数と「間違って」高い相関を持つものも混じっている。それを自動的に排除することは、コンピュータにはできない。
したがって、重要なのは、やはり人の頭で演繹的に仮説を立てて、帰納はそのチェックのための手段として行うことだ。そしてそれが科学的意思決定の唯一の道なのだ。
話をハイパフォーマーに戻そう。ハイパフォーマーはこれを日々、いろいろな場面で行っている。自分で料理をしていて、美味しくできなかったのはなぜだろうと思ったとき、仕事の進みが遅い時、集中できない時、体調の悪い時など、仕事でも仕事以外でも常に仮説を立ててそれをできる範囲で検証しつつ学んでいく。
基本的に勉強のできる人もこれができる人だ。必要なことを記憶するにはどうするか、集中力を保つにはどうするか、自分の苦手科目を克服するにはどうするか、といった課題について、自分なりに仮説を立て、実践し、結果を検証してきた結果、それが高成績という形で現れるためだ。
この「仮説を立てる」訓練は、実はビジネスで行うロジックツリーと同じ考え方だ。ロジックツリーについては以下を参照されたい。
そしてそれを「検証」するには、また別のセンスが要る。それは実験的手法の応用だからだ。上記の例でいえば、昨年同期の利益と今の利益を比較することは、2020年のこの世界では無意味だろう。コロナ前とコロナ後の比較では、コロナ禍の影響が大きすぎて、それ以外の要因は見えてこないからだ。比較する対象を間違えると間違った結論を導く可能性が高い。
つまり「何と比較すると何がわかるか」というセンスが必要だ。この例ならば、代替比較案として、コロナ禍において、比較可能な別時期はないかと考える、などである。
また、ハイパフォーマーは、これを早く行える。極端に言えば、利益が落ちる前から、すでにこの可能性を考えているのだ。それは、利益が上がっているときでさえ、「なぜうちは利益を上げられているか」という仮説思考を持っているからだ。それを普段からやっておけば、何か起きた時でも、瞬時に深い仮説検証ができる。
そして、それはすなわち、未経験のことについても、仮説検証を適用できることを意味する。結果的に、ハイパフォーマーは状況が激変しても高いパフォーマンスを出し続けることが可能なのだ。
この仮説検証思考は、日常の生活でも役立てることができるし、子供の教育にも応用可能のため、今すぐにも実践することができる。
日常で感じていること、例えば朝起きてすぐなのに疲れているのはなぜか、やらなくてはいけない仕事になかなか取り組めないのはなぜか、ダイエットが続かないのはなぜか、といった課題に、いつもより1、2段深く考えることで思考が鍛えられる。そして、さまざまな種類の課題を広く考えることで、幅が広がり、思考の類型化を進めることができる。その結果思考スピードも上がる。これが「真・仮説思考」だ。
だが、ここまででは実は「真・仮説思考」の半分までしか述べていない。
ここまで述べた思考は、問題の原因を探るための原因仮説思考である。しかしビジネスでは、この次のフェーズが必要となる。それは解決仮説思考だ。それは、どんな解決法が、どんなレベルで必要となり、実現可能でかつ効果的なのは何か、を取捨選択していく思考である。
この思考のノウハウについては、また稿を改めて述べてみたい。だが、この原因仮説思考をすっ飛ばして、すぐに解決法のブレインストーミングなどを行うようでは、明らかにハイパーパフォーマーにはなれない。原因仮説思考はハイパフォーマーのための必要条件なのだ。今日からでもこの訓練は始められる。その意味で、ハイパフォーマーへの一歩は、誰でも簡単に踏み出すことができるものだ。
文責:渡部 幹
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