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4か月引きずった失恋相手に捨て身の告白をしたのも、全部、石垣のせいだ

東京から約5時間。
沖縄で飛行機を乗り継いで、到着した石垣島は雨だった。
ただの雨なら「残念な天気」で済む話だが、傘が裏返るほどの豪雨を目の前にしたら笑いが込み上げてきた。自分の心境を反映しているかのように荒れ狂う空を見て、ただならぬ「なにか」を予感した。

思えばこの時から、石垣旅がただの旅行にとどまらない、私の人生の転機になることを予期していたのかもしれない。
思いもよらぬ展開によって動き出した未練だらけの失恋を、石垣の記憶とともに書き残しておく。


心情を吐露したメモと人間の優しさ

石垣島に滞在する4日間、ただ晴れた空と青い海を眺めてぼーっとしたいという望みは、予想外の豪雨を前にして早々に打ち砕かれた。
まあいい。楽しい観光のために来たわけではない。私はこの旅で、4か月引きずった失恋の決着をつけにきたのだから。

そう、7月末に彼と出会ってから、もう4か月が経過していた。その間ほぼ変わらぬ熱量で、むしろ出会った当初にも増して彼を好きでい続けていた私は、恋の終わらせ方を知らず、未練だけが残って、失恋のぬかるみから自力で抜け出せない状態に陥っていた。
彼を忘れるためのきっかけが必要だった。来るべくして石垣島に来たのだと、野生くさいヤギ汁をすすりながら失恋終結への決意を固めた。

まずは彼への自分の気持ちを整理することから始めてみた。
バックパックに詰め込んだ数少ない荷物の中に、メモ帳とペンがある。旅の間、彼に対する感情を書きなぐろうと持参した。

バスの車窓を眺めながら。
ホテルのベッドに寝そべりながら。
居酒屋のカウンター席で酒をあおりながら。

私が彼に対してどんな感情を抱いているのか、自分の心と対話を重ね、丁寧に文字に起こしていく。呼吸するようにひたすら文字をつづり、心情を吐露していった。
そして改めて、どうしようもないくらい彼が好きだったことを思い知らされた。


※実際のメモを転載しておきます。

マングローブを見ながら、思ったことがある。私の「好き」は恋愛の好きではないのかもしれない。付き合いたいとかキスしたいとか、そう思ってはいなかった。ただ、頑張っている彼を見ていたかった。
彼の存在が私にとってなんだったのかを考えるにつけ、それは恋愛したい人なのではなく、尊敬して敬愛してやまない人なのだと知った。
私を傷つける人と一緒にいるのは不幸だ。でも、好きだから傷つくことができるんだよ。好きでもないけど傷つけない人といることが、私にとって幸福とは思えない。好きな人といたい。あわよくば、願わくば、好きな人に好かれたい。
諦めるのではない。きっと、好きではい続ける。恋人になることを諦めるのではなく、単にそうなることを望まなかっただけだ。
好きです。でも付き合いたいとは思わない。尊敬しています。だから眺めさせて。もうきっと、ずっと好きです。


書きながら涙が滲む。
こんなに好きなのに、好きじゃなくならなきゃいけないなんて理不尽だ。気持ちに素直に生きたら苦しまなければいけないなんて理不尽だ。人生って、ままならない。


薄汚れた居酒屋のカウンター席で八重山そばをすすりながらメモを書きなぐっていると、「おねえちゃん、静かやな」と話しかけてきてくれたおじさんがいた。
酒の勢いもあって自暴自棄になっていた私は、自分の失恋話を語ったうえで「どう思います!?」と、おじさんに絡み酒をしていた。
ニヤニヤと私の話を聞いていたおじさんは、遠い目をして自身の昔の失恋話をお返しに語って聞かせてくれた。

石垣島まできて、「人間って優しい」ということに改めて気づかされる。
見ず知らずの未熟な女の失恋話に耳を傾け、親身になって励まし、これからどうすればいいかを一緒に考えくれて、おでんをおごってくれて。
不思議。他人なのに、どうしてここまで人の心に寄り添えるのだろう。それはこのおじさんだからであって、石垣島という土地だからでもあって、旅先という非日常だからでもあった。

「がんばってな。応援してるで」

人の優しさに心が温もる。


どこに行っても、彼のことを考えた

4日の間、石垣島から出ているフェリーで離島を巡った。
高波に揺られてたどり着いた西表島で、港に立ち止まって強風で身動きできないほどの豪雨を眺めながら、バスの運転手には「今回は下見だと思って諦めて、晴れてる時期にまたおいで」と言われながら、小浜島では自転車を借りて急こう配の坂を泣いてのぼりながら、竹富島の浜辺で傘を差して足元の「星の砂」を探しながら――ずっと彼のことを考えていた。

考えて、考えて、考え尽くして堂々巡りになる思考。
開き直って「もう彼のことは『石原さとみが好きだ』と言うのと同じように一生好きでい続ける」と思い立つ。
それが最善の策であるはずがないとわかっていても、他に方法が見つからない。

ずっと、人を好きになることが難しいと思っていたけれど、好きな人を好きでなくなることの方がよっぽど難しいのかもしれない。
そう思うほどに、彼が好きだった。


最終手段を示したお兄さんの助言

3日目の夜だった。最後の晩餐に寿司屋を選んだ。
カウンター席で板前さんの見事な魚さばきを眺めながらサクラエビのてんぷらを噛みしめていると、「ひとりで来たんですか?」と隣の席にいたお兄さんが話かけてきた。
きけば、彼も東京から一人旅で来たらしい。石垣島に来た理由を問われると、すでに3杯目の酒を飲み下していた私は、案の定、酔いに任せて失恋話を饒舌に語っていた。
彼は興味深げに私の話を聴きながら、「おもしろいなあ! まさか石垣島でこんな失恋した女の子と出会うなんて!」とケタケタ笑った。

私より2つ年上で、私とは比にならないほど恋愛経験の豊富なそのお兄さんは、自身の視点から私の好きだった人の心情を考察してくれた。
女友達に相談した時とは違う、客観的で冷静な分析は、今まで認めたくなくて目を背けてきた真実をあぶり出し、胸をえぐった。

「興味ないなら、なんで3軒も連れまわしたの?」
「ワンチャン、ヤレると思ってたんじゃない?」
「正直、抵抗できないくらいには酔ってたけど、普通に帰ったよ」
「酔いつぶれてると逆に萎えることってあるよ」

あまりに的を射た指摘に腹が立ってきて、「結局、私のなにがダメだったの!?」と無関係のお兄さんに当たると、優しい彼は私の目をじっと見て、ひとつのアドバイスをくれた。

「あなたはそれだけ自分の気持ちと向き合ってきたのだから、自分の感情は理解できている。唯一わからないのは“彼の気持ち”だよ。それがわかればすべてが解決する」

冷静な言葉で諭した後、こう続けた。

「もう自分でも脈がないってわかってるんだから、ダメだったと理解していることを示したうえで『好きだったんだけど、なにがダメだったの?』って聞いてみれば?」


この世に神様がいるのなら、私を石垣島へと突き動かしたのは、このお兄さんと出会わせるためだったのだろう。
これまで多くの人々に相談し続けてきた中で一番腑に落ちる助言だった。
そして、もうこの方法以外に彼を断ち切る手段が存在しないこともわかっていた。

結局、傷つくことには変わりないのだ。ダメだったってわかっていながらダメな理由を尋ねるなんて、自傷行為に近い。

それって、尋ねる意味あるのだろうか。
それで私の気が晴れるならいいのでは。

葛藤が脳内を駆け巡る。

すぐに行動に移すことができなかったのは、そうしてしまったら決定的にこの恋が終わり、彼とのつながりが断絶されるとわかっていたから。
怖かった。この恋が終わったら、再び人を好きになることなどないのではないかという恐怖が襲った。

恋に踏み込むことも怖ければ、恋を終わらせることも怖い。
私は、恋愛に対してどこまでも臆病だ。


石垣の海に背中を押され、捨て身の告白をした

翌日、旅の最終日をむかえても、好きだった人に連絡するべきか決めかねていた。

空港行きのバスを待つまでの1時間、奇跡的に雨が止んだ。
船着き場に腰かけて海を眺めた。

海は緑がかったような青さで、水平線は果てしなく続いているかと思うくらい広かった。たゆたう波は分厚い雲越しに差し込む陽の光を受けて、てらてらと揺れ動く。フジツボの張りついたコンクリート壁に波があたるたび、パシャパシャと音をたてながら海水が泡立っていく――。

瞬間、潮風が正面から吹きつけた。
肩越しにすーっと通り抜けて、心がふわっと軽くなる。


突然、すべてがどうでもよくなった。


いまだに好きって伝えて彼に気持ち悪いと思われたら嫌だとか、返事が来なかったら死んじゃうとか、彼以外の人を好きになることなどないかもしれないとか、起こってもないことを先回りして危惧して怯んで怖がって、もう、そういうのどうでもいい。

どうなったっていい。なにが起こっても動じない。どんな結果になったって、この海が全部飲み込んでくれるんだ。

そんな気がした。


海が青かったからいけない。あまりに青いものだから、すべてを飲み込むくらい広いものだから、迷いも、陰鬱とした感情も、投げ出せてしまえた。

全部、石垣のせいだ。


出発まであと5分。今送らなければ、きっと一生連絡しない。
そう思ったら勢いづいて、えいっと送信してしまった。

好きだったんだけど、なにがダメだったの?


翌日、彼からLINEの返事が来た。

<つづく>

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