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記憶 ー番鳩ー

私が小学生のあいだ、うちには鳩がよく遊びに来ていた。
鳩なんてどこにでもいるだろう、と思われてしまうかもしれないが、そうじゃない。


祖父が、" 鳩寄せ " をしていたのだ。



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私の家は、一階部分が駐車場になっている、いわゆるビルトインガレージだったのだが、駐車場部分は前後が大きくひらいたままの風通しのよい造りになっていた。

それで、仄暗いガレージにも、鳩が入って来やすかったのだろう。


(ちなみにこの家は、建築の仕事をしていた父と、仕事をしていたのかは果たして忘れてしまったが何やら建築知識のあった祖父とが共同で描き起こして設計し、建てたという自慢の家であった。)

鉄筋コンクリート造りの茶色い3階建てのガレージハウス。小さい頃は、クリーム色の可愛い三角屋根のおうちが羨ましかった。


ガレージの一角には、祖父のカンナ付きの作業台があって、その上に茶色いどっしりとした壺を置いてやって、たっぷり乾燥したトウモロコシやら穀類やらを毎朝入れるのが祖父の日課だった。

そうやって、明確に、鳩を招いていたのである。



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私の日常は、物心つく頃には、鳩と共にあった。


鳩は、毎日訪れる。


作業台の上でエサを啄み、昼間、父の車が出払って少し広くなったガレージを闊歩している。

あくまで野生の鳩なので、触れたり、手からエサを食べるほど懐いたりはしない。
祖父もそれを求めようとはしなかったので、私も憧れはしたが、あまりやろうとする気は起きなかった。


懐きはしないが、エサを食べている時に、私が学校から帰宅して近づいてきても、鳩は逃げようともしなかった。

一瞥して、慣れた様子でエサを啄む。

自然にしていれば結構な距離まで近づけるが、意思をもって近づくと距離をとられる。


賢い生き物だ。


♦︎
鳩はいつも家にいたので、私は心ゆくまで鳩を見ていられた。


じっくり観察していると、鳩の羽の模様はとても美しい。


大きなスケッチブック(良い紙のやつじゃなくて、安い " お絵かき帳 " )に、鳩の羽の模様を一枚一枚丁寧に模写して遊んだ。

グレーのような薄茶色がかった絶妙な色合いのグラデーション、規則のある美しい羽の並び、流れ、大きさの違い、ふっくらとした胸、首元のカッコイイ黒いライン、まんまるの紅い目。

それらを丁寧に捉えて、シャッシャと描く。


私は鳩がとてもすきだったと思う。



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スケッチブックにはいつしか二羽の鳩が描かれた。

住宅街とはいえ、ほかにも鳩はいそうだったが、縄張りがあるのだろう。

うちに来ていたのはその二羽だった。

じっくりと模写している為、羽の模様や顔立ちの違いが分かるのだから確実だ。

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朝の目覚めはいつも鳩の鳴き声を感じた。

" ホー、ホォッホホー…、ホー、ホォッホホー…"

この鳴き声は、みんな朝の馴染みのものだと思っていたのだが、もしかして地域によるのだろうか?

♦︎
ある日、薄茶色の小さな鳩が来るようになった。

色素の薄いその鳩は、いわゆるあのモンスターのゲームに出てくる "色違い" みたいで、とても興味を引く存在だった。

その鳩は、番の鳩の赤ちゃんだった。


両親に阻まれてあまり近づけさせてもらえなかったが、どことなくあどけない赤ちゃん鳩の、色や大きさの変化を見守った。



♦︎
祖父の具合が悪くなってから、エサをやるのをやめてしまって、鳩たちは次第に遠のいて行ったが、それでも時たま訪れていたように思う。

記憶を美化しているだけだろうか。

よく2階のベランダの手すりに留まっていたのは、かつて赤ちゃんだったあの子ではないだろうか。



♦︎
動物との間に、絆があるのかは、わからない。

心が通じたと感じるのは、人間側の勝手なエゴだ。

そうやって動物との絆を、どこか冷めた目で見ている私がいる。


(誓って言うが、私は動物がとてもすきだし、私自身、動物にはめちゃくちゃ話しかけたりするタイプだ。かつて飼い猫とはよくおしゃべりをしたし、毎日一緒に寝ていた。)


脳の大きさも違えば、心があるのかは解明されていないし、あっても人間と同じではないだろう。

例え人間同士だって、同じ種族というだけで、相手が本当におもってることなんて、わからない。


それならば、それでいい。


触れられない、一定の距離。

だけど、同じ空間にいた、あの時間。

心地良く、流れる時間。


ひとりじゃない。

鳩たちを見てると飽きない。

それはなんて素晴らしいことなんだろう。


名前をつけることもなかった。

ただうちに来ていた、野生の鳩。

番の鳩。

そして家族になった三羽の鳩。


愛のないことを言えば、ただエサがあるから来ていただけだ。

祖父が招いていた鳩たちにとって、私なんてさらにどうでもいい存在だったかもしれない。


♦︎
鳩のまんまるの紅い目は虚無の象徴のように温度がなくて、怖くも感じる。

だけど確かに、あの鳩たちとだけは、見つめる目と目のあいだには、なにか通じるものがあったような気がした。


きっと、気のせいだろう。


そうやって冷めたフリをして、私はきっと、死ぬまで動物との絆を、その神秘を、探究し続けるんだろう。
それも悪くない。


その思い出の、自慢の家は、去年の夏、もう二度と帰れない場所になった。

もうあの鳩たちはいないだろうけど。


家と、共にあった、鳩たちの記憶。


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