【小説】悪女の尋問(信用される人とされない人の話)
どうしてそのようなことをお尋ねになるのでしょうか?
ああ、吾作さんが。
それで合点がいきました。
おっしゃる通り、わたくしはここ最近の神隠しがあの化け狐の仕業だと存じておりました。
この目で見たのでございます。ひと月ほど前のことでした。
わたくしが畑から帰ろうとしていると、格子縞の着物を着た弥兵衛さんが峠からぶらぶら歩いてきたのでございます。
弥兵衛さんがおっしゃるには、峠のお社にお供えを奮発したのに賭けで大負けした、と。それで腹いせにお社を蹴り飛ばしたら、扉が壊れて、ご神体の鏡も割れてしまったそうでございます。わたくしは大変なことだと思いましたが、弥兵衛さんはバレないように押し込んでおいたから平気だと笑っておいででした。
その時でございます。山のほうから急に強い風が吹き下ろしてきて。思わず袖で顔を隠した一瞬の間に、弥兵衛さんは、跡形もなく消えてしまったのでございます。
それが最初の神隠し。
その後も峠を越えた隣村で二、三人消えてしまったと、行商の方に伺いました。
神隠しに遭った方々の特徴を聞いて、わたくしにはすぐにわかりました。弥兵衛さんに似た背格好の、格子の着物の方ばかり狙われているのでございます。きっと、狐には人の顔の区別など付かないので、似たような人間を手当たり次第に襲ったのでございましょう。
わたくしが見殺しにしたとおっしゃいますか。
わたくしはできる限り手を打とうとしたのでございます。弥兵衛さんがいなくなってすぐ主人に話して辺りを探しましたし、お社のことも知らせました。
でもわたくしの言うことなど誰にも真剣に取り合ってはもらえず、弥兵衛さんはまたどこかへ遊びに行っていて、わたくしは白昼夢でも見たのだろうということになりました。狐の怒りを鎮めなければならないと訴えたのですけれども、お社も外側からちょっと見ただけで、別に大して壊れていないから修繕の必要もないということにされてしまいました。
こうなったらわたくし一人でもお社を直そうと思ったのですが、蝶番がすっかり壊れていましたし、鏡を新調するならお金も要ります。女のわたくしは主人の許しもなく勝手をできませんから、何とか主人を説得しようとしたのですけれども、そんな神経質だから幻を見るのだと鼻で笑われるだけでした。
ええ、はい。
それが理由かと言われれば、まあ、そうかもしれません。
主人が吾作さんと二人で隣村へ行こうとしていることは聞いておりました。
ええ、格子縞の着物で。
あの時、着ていく着物は、主人が選んだのでございます。信じていただけないかもしれませんが。
わたくしの咎は、それをお止めしなかったこと。
諦めていたのでございます。格子の着物は危ないと騒いだところで、馬鹿な女と蔑まれるだけ。あの勝ち誇った目で見下ろされるくらいなら。
これ以上言い訳するつもりはございません。わざとであってもなくても、主人が神隠しされるのがわかっていながら黙って見送ったのは事実ですから。
はあ。夫婦仲ですか。はあ。交わり。
それはこの件を裁くのに知る必要のあることなのですか?
下衆な好奇心ですか? それともわたくしを貶めるための取っかかりを探しておられるのですか?
受け取る気のない言葉をあえて引き出そうとする理由なんて、それくらいしかないでしょう。
いいえ、いいえ、あなた方にはわたくしを信じる気など初めからないのです。わたくしと吾作さんは同じことを訴えているではありませんか。わたくしは弥兵衛さんが、吾作さんは主人が、不可思議な力で消えてしまったのだと。
弥兵衛さんのことがあった時、わたくしはあなた方にも助けを求めましたよ。あの時あなた方がどんな顔をなさったか、覚えておいでではないのでしょうね。
真面目に働いてきたわたくしの口から出た言葉は信じられなくて、同じ言葉が飲んだくれの吾作さんの口から出たら信じるのは、吾作さんがあなた方と同じ男だからですか。
申し上げておきますが、わたくしが見たことをこうしてお話しているのは、わたくしの良心からなのですよ。わたくしが黙っていれば、また神隠しが起こるでしょうから。わたくしはそれでも良かったのですけれども。
無作法ですか。生意気ですか。
何とでも仰ってください。打ち首にでも何でも好きになさればいいでしょう。
何を言っても届かないのなら、わたくしは沈黙によって誇りを守りましょう。
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