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ストーリーとナラティブは、違う!
最近よく言われることです。

「ストーリー…。物語、お話。
ナラティブ…。物語、お話。
あれ? 同じではないですか?」

日本語で訳すとそうなのですが、
ニュアンスが違います。
本記事では、違いを探っていきます。
(私も、どちらもカタカナ英語のまま
何となく使っていました)

まずは語源から探っていきましょう。

ストーリーは、story。

ラテン語のhistoriaから。
岩明均さんの名作漫画「ヒストリア」は
アレクサンドロス大王などが出てきますが
これは「歴史」「物語」という意味。
(his story=historyは俗説ですが、
歴史と物語には深い関連があります)

また、英語のstoryには
「階」という意味もありますが、
これは中世ヨーロッパで建物の各階に
物語の場面を描いていたことから。

さらにラテン語の「historia」を
深掘りしてみますと、
「historeo」(尋ねる)という言葉に
「ia」(こと)がついた言葉だそうです。
似たような「histor」(証人)という言葉は
「見る」と「人」が合わさったもの…。
「目撃者に尋ねて調べたことのまとめ」
がもとの語源、だそうです。

『(事実かどうかに関わらず)
関連する出来事の描写』

これがstory。ストーリーです。

では、narrative、ナラティブとは?

これは形容詞。アクティブとかと同じ。
「物語に適した〇〇」という言葉。
『一連の出来事の物語、描写』と言えます。

動詞で言えばnarrate(ナレート)「語る」。
名詞にすれば、そう、narration。
「ナレーション」になる。

ラテン語の語源で言えば、
「知らせる」gnaraoから由来する
「語られた」narrativusという言葉から。
知ったことを、知らせる。
語る、物語、語り手、そんなニュアンス。

「…ええと、結局、同じじゃないですか?
何かごちゃっとした語源でしたが、
まあ、結局は『物語』なんでしょ?」

そう、大きくくくれば、どちらも「物語」。

しかしストーリーとナラティブは
全く同じではないんです。
ナラティブは、誤解を恐れず書けば、
「話す人が主人公の物語」。
ストーリーより主観的であって、
「語り手が必ず混じる」物語なんです。

語る人が自分の「知ったこと」を踏まえて
自分なりに語る…。これぞナラティブ。

対してストーリーは、
このナラティブよりも「客観的」と言えます。
目撃者に尋ねて調べたことの「まとめ」です。

例えば「この漫画のストーリーは
面白いなあ!」とは言いますが、
「この漫画のナラティブは
面白いなあ!」とは、あまり言わない。
なぜなら「作者」という「第三者的」な
語り手が組み立て、つむいだもの
だから。

ストーリーには「起承転結」的な
定型のパターンがあります。

しかしナラティブは語り手が知ったことを
「そのまま」語ります。
限定的で、真偽が怪しくて、主観的。
必ずしも起承転結がつくわけではない。
オチが無い、かもしれません。

ストーリーテラー、とは
ストーリーの組み立てがうまい
物語を作る人ですけれども、
それは優れた取捨選択、トリミングがされ、
伏線やクライマックスが演出され、
物語として「組み立てられている」から。

対してナラティブは
必ずしも結末が決められていない。
進行中で、どちらに転ぶかわからない。
真偽も定かではない。

語り手が主観的にこう思ってこうだった、
それを語る側面がある。

では、実際の場面では「ナラティブ」が
どう使われているか、なのですけれど。
元々は「文芸理論」で語られた言葉ですが、
最近では色々なケースに応用されている。

①国際政治のケース
②ビジネスのケース
③医療現場のケース

まだ「ストーリー」に比べて
馴染みのないカタカナ言葉のため、
その使い方には揺れがあります。

①国際政治のケース、ですと、
「偽宣伝」「偽情報」などの
ニュアンスが出てくる。
フェイクニュースやファクトチェックと
合わせて使われることが多い。

「○○という指導者は〇〇だ!」
「〇〇という事件があった!」

など「まことしやかに語られる嘘」
しかもまるっきりのでたらめではなくて、
事実の中に紛れ込ませて、
そうなのかも、と思わせる効果がある。

特に戦争進行中とか
未知の伝染病が広がり中とか、
そんな「どちらに転ぶかわからない」
状況では、積極的に使われますよね。
戦国の忍者、流言飛語ではありませんが
敵国の「悪評」を流すのは
古来から行われてきたこと。


最近では、偽のナラティブに
ファクトチェックしていくときりがない、
そもそも真実は進行中ではわからないので、
ナラティブにはナラティブで対抗しよう!
という意見も出てきています。
物語VS物語。どちらが支持を得るか…。

②ビジネスのケース、では?
これは「ユーザーを巻き込んだ
より共感性の強い物語をつくる」

という意味でよく使われます。

「この商品はお得です! いいよ!」と
有効性を売り手が連呼しても、
それはあなたの感想ですよね、と言われる。
使い手、ユーザーにとって
いいかどうかはわかりにくい…。

そこで「ユーザー自身の物語」にすべく、
「実際に使ったらどうなるのか」と
商品との関りを想像させる。

ユーザーなりの主観での
物語をつむいでいく(つむがせる)。
これが「ナラティブ・マーケティング」
呼ばれるものです。

例えば進学塾や予備校などでは、
「合格者の声」などがパンフに掲載される。
実際に合格した過程を
合格者自身に語らせることで
受験生に物語を想像させる効果があります。
(編集者の意図が混じるので
つくられたナラティブですが)

またナラティブ寄りの『クチコミ』
その有用性(と危険性)が
徐々にフォーカスされています。

③医療現場のケース、では?
「ナラティブ・アプローチ」がある。
カウンセラーやキャリコンの方なら
聞き馴染みがあるかもしれません。

悩みを抱える人に
その人なりの主観で語ってもらう。
結論が出ない話。未完の物語…。
それに対して聞き手が問いかけ、
回答から可能性を
悩みを抱える人自身が見つける
方法。

…このように一口にナラティブと言っても、
パワーバランスの国際政治、
弱肉強食の面があるビジネス、
誰かを癒すための医療現場、
そのケースによって毒にもなれば
薬にもなるスタイル。
それがナラティブだ、と言えます。

最後にまとめます。

本記事ではストーリーとの対比から
ナラティブについて書きました。

SNSの発達により、
「完成されたストーリー」より
未完、進行中、同時進行でつむがれる
ナラティブが世の中にあふれてきました。
ストーリーより共感性が高く効果的だ、
と言われつつあります。

ただ、あくまで語り手の主観です。
「偽情報」「思い込み」も含まれ得る。
中には妄想や謀略もある…。


その危険性や有用性を踏まえて、
私もつむいでいこうと思います。

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