見出し画像

幕末の日本では活動家たちのコミュニティ、
「集団」が生まれました。
既存の枠組みでは捉えられない集団。

◆尊王攘夷を唱える志士集団
◆藩校などが中心の学者集団
◆洋学者など学者や商人集団

志士集団は「藩」の内の身分の枠を超え
それぞれの意志で結集します。
長州では『奇兵隊』や『松下村塾』。
薩摩なら『誠忠組』。土佐は『勤王党』。
水戸なら『天狗党』など。
脱藩して全国的に活動する人もいました。
幕府側ではありますが
『新選組』もこの範疇に入る。

一方、藩校などの集団は、
それぞれの「藩」の「枠内」で
知識人や実践家が集まった。
在野ではなく藩の公認の人たち。
…いわば「内輪の集団」です。

洋学者や商人たちの集団は、
「藩」の枠を越えて集まります。
志士集団とは一線を画している。
「国際的」で欧米の事情に詳しい。

1853年、ペリーの黒船来航で、
「日本はどうするべきか?」
という論議が各地で爆発します。
…時代が変わる!
変わらなければ! そんな空気の中、

ある者は尊王攘夷を唱えて脱藩する。
ある者は藩校で学び儒学等を修める。
ある者は海外の学問や商売を学んだ。

志士たちの多くは非業に倒れました。
旧時代への安住は、時代に遅れます。
蘭学・洋学や貿易は新しい鍵になる。

1853年から「わずか15年後」の
1868年には戊辰戦争からの明治維新。
江戸幕府が倒されて、新政府主導の
文明開化、新時代が始まっていく…。

…本記事では、この幕末~明治の
三つの集団を「現代のSNS」に
例えて書いてみます。

◆X(旧Twitter)
◆Facebook
◆LinkedIn

…展開はもうバレバレでしょうか?

◆X(旧Twitter)=志士たちの集団
◆Facebook=内輪の集団
◆LinkedIn=洋学者・商人たちの集団

そのように「仮定」した上で
書いていきましょう。

Xは、基本「短文」です。
「尊王攘夷!」「天誅!」などの
インパクトのある言葉が拡散しやすい。
偏った意見も多く、ゾンビも生じる。
切り取り、デマ、フェイクニュースも多い…。

「炎上」事件も起こりやすいですよね。
幕末には、外国の大使館などが
焼き討ちにあったりした。
京都では脱藩浪士たちが闊歩する。
彼らを取り締まったのが「新選組」です。
Twitter警察、特定班がいる。
浪士を以て浪士を制す、と言ったところか。

一方のFacebookは全く違います。
基本、リアルな知り合い同士。
居心地がいい。プライベート。
みんな顔見知りで、内輪ネタも通じる。

ただその分、広がりに欠ける。
同じ藩内、暗黙の了解の中での
集団ですので、お山の大将、
井の中の蛙になりがち。


その点、LinkedInは「ビジネスSNS」です。
「長文」で、自分の紹介や投稿を行う。
リアルな知り合いではない人、
違う地域の人ともつながりやすい。
知り合いになれる。交流できる。

「ビジネス」をするという共通認識、
心理的な安心感がそこにあります。
幕末の洋学者たちが「尊王攘夷!」と叫び、
斬りかかることはまずない。

…ビジネスでの活用という面では、
XやFacebookよりも
LinkedInのほうが良いように感じます。

ただもちろん、両者にも良さはある。

Xにはよくわからない覆面の志士、
鞍馬天狗っぽいファンタジーな存在が多い。
そこが逆に面白いことも。熱気がむんむん。

社会的なムーブも起きやすい。原動力。
「ええじゃないか」踊りが起きやすい。
『天空の城ラピュタ』が
金ローで放映されれば
終盤でみんな「バルス!」と叫ぶ…。
奇妙な一体感、即時性があります。

一方のFacebookは?
奇妙な安心感が充満しています。
「見知った人ばかり」という環境は、
安堵感が半端ない。

たとえそこにリアルな人間関係、
上下関係が濃密に反映されているにしても、
江戸時代からの身分社会であるにせよ、
「暗黙の了解」をみんな共有している。
ふるさと。同窓会…。

◆X(旧Twitter)=志士=雑多な情念
◆Facebook=内輪=安心感・安堵感

…このような二つのSNSが持つ特徴は、
LinkedInでは少し弱い。

Xにいる「わけのわからない人」は
LinkedInでは(あまり)いません。
Facebookのような「身内の安堵感」は
LinkedInでは(最初のうちは)あまりない。

そこを補うにはどうすればいいのか?

LinkedInの中で交流を重ね、
深いつながりやグループを作ればいい。

例えて言えば、坂本龍馬がつくった
『海援隊』のようなものです。

LinkedInには幕末の洋学者のように、
外国語を使いこなすユーザーも多い。
ゆえに「常に刺激を受け、自分も与えて、
勉学や交流に励む人」
に合っています。
明治時代の私塾が大学になったように…。

逆に、わけのわからないことを
ただ喚き散らしたいだけの人や、
内輪のつながりだけに安住したい人には、
あまり向いていない、かもしれない。

かの伊藤博文も、
松下村塾の先輩、高杉晋作にくっついて
活動していた「自称志士」でした。
若い頃には公使館の焼き討ちもした。
(迷惑系ツイッタラー?)

しかしある時、イギリスに留学する。
広い世界に触れる。認識が変わる!

つながりを増やし、勉学に励み、
憲法の制定や内閣制度の創設に尽力します。
ひいては初代内閣総理大臣に就任。

私には、この伊藤博文が、
「X(旧Twitter)からLinkedInを
活用し始めた人」
のように感じる。
勝海舟に出会って攘夷志士から脱却した
坂本龍馬に例えてもいい。

もちろん明治の初め頃には、
世界に目覚めた人は少なかった。
しかし牛鍋や鉄道や小学校など、
欧米由来の文化が普及していく中、
「外」に目を向ける人が増えていく…。


LinkedInも、日本国内でのユーザーが
増えてきています。
ようやく文明開化しつつある、
といったところでしょうか?

最後にまとめます。

本記事では、現代の「3つのSNS」を
幕末における「3つの集団」に例えて
比較しながら書いてみました。

「江戸~明治~大正」はそれぞれ
「昭和~平成~令和」が当てはまる。


平成時代という、明治時代に似た
旧時代と新時代のせめぎ合いの時代から
次の時代になってきています。

「大正デモクラシー」のように
「SNSデモクラシー」が起きるのか…?
「米騒動」のように
世情が不安定になるのか…?
私はその両方がまさに今「同時進行」で
令和時代に起きているように思うのです。

だからこそ、それぞれの特徴を踏まえて
「複数のSNS」を使いこなしつつ
国内にも国外にも社内にも社外にも、
目を向ける必要がある。


読者の皆様におかれましては、
どのSNSが一番しっくり来ますか?

それは、なぜですか?

※三つのSNSの特徴の比較は、
松本 淳さんの『LinkedIn活用大全』の
P30~32を参考にしました↓

※松本 淳さんの『LinkedIn活用大全』はこちら。
(ヒストジオいなおの名前も、どこかに
載っているので探してみて下さい!)↓

※LinkedInでのコミュニティを
つくる試行錯誤の記事はこちら↓
『「読者参加型」への試行錯誤、あれやこれや』

※幕末~明治の「医学」から考えた記事↓
『外の知識と平等と ~胡蝶の夢とSNS鎖国~』

※「哲学」の西周(にし あまね)↓
『「西周」という橋渡し ~日本哲学の父~』↓

※「法学」の津田真道(つだ まみち)
『津田真道の「道」~失敗続きでも切り替える~』↓

※「数学」の菊池大麓(きくち だいろく)↓
『大いなる麓 ~華麗なる学者一族~』

合わせてぜひどうぞ!

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!