知らない天井を見ながら寝るということ
旅に行くようになってから毎回思うことは、よく知った天井じゃないところで起きる行為が面白いと感じていることだ。
変な表現かもしれないが、自分の家ではないというのを最も感じるのは起きて目が開いた瞬間だと思っている。
このタイミングで、あ、ここ自宅じゃないなとなる。
一泊だけだとここは自宅じゃない感は高まるが、二泊以上するとそれは薄れていき、なんとなく自宅ではないが慣れ親しんだ場所というテイストに変化していく。
そのグラデーションも好きだ。
五泊とか同じ場所に連泊すると、近くのコンビニの兄ちゃんとは少し知った顔の間柄になったり、ホテルのフロントの人とは会釈をする間柄になったりする。
どこの道を曲がってどこのお店のところを右折するとホテルに着くのようなのもすごく自然になってくる。
順応だ。
順応が始まると、この街のことを俺はちったー知ってるぜ!というテンションになってくる。
今日来たであろう旅人を見ると、お、この方はまだあれを知らないしこれも知らないな、うふふ。みたいな別に先輩風ではないが、面白いゲームをこれからプレイする人を見るかのように見てしまう。
旅の中で、僕は割と普通なことをする。
それは、観光地にも行く時も多いが、ホテルにいる時や列車に乗っているときや、何か食べている時もだ。
AirPods Pro はほぼつけっぱなしにしている。
これは騒がしい空間があまり得意ではないというのが大きな理由だが、旅をしながら聴きたい音楽や YouTube の動画があるので、そういったものは事前にダウンロードまで済ませてあり、それを聴いている。
外の世界の騒がしい部分は聞こえてこないので、僕は僕の世界に没頭できる。どうやって没頭するかは、僕が考える。僕の責務だ。
ご当地のものを食べてもいいし、コンビニ弁当でもいい。
こういう楽なマインドセットになったのは、 pha さんの本を読んだ時だ。
なんだか肩の荷が降りた。
以下引用。
この感覚をとても大事にしている。
だから夕飯は無理してホテルから遠い場所に食べに行くのではなく、近所のコンビニで済ませてしまう場合があるが、全然楽しい。
いつものコンビニではないし、ご当地の何かがあるコンビニも数多くある。
つまり楽しい。
買いすぎてお菓子も買ってわんぱくになる時が毎回だ。
せっかく旅に来ているのに、自分を焦らせたり、困らせてしまってはあまり具合が良くないと思う。
混んでいる場所だとわかれば、僕はすぐにその場所を離れる。
自分のご機嫌は自分でしか取れない。
一人旅の時は尚更だ。
二人以上で行けば、誰かが気にしない気にしないと言ってくれるかもしれないが、一人旅ではそれはない。
いつもと違う天井を横目でチラ見しながら、映画を観たり動画を観たりするのもいいもんだと思う。
僕は今それを海外でもやろうかなと思い始めている。
つまり、海外に行って、日本にもあるコンビニでお弁当を書い、またホテルに戻り読書をする。
きっと最高だと思う。
自分のご機嫌は自分でしか取れないからだ。
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