エレナ婦人の教え第三話#6 源三の素顔
これまでのあらすじ~IT企業に出向したヒロは仕事もプライベートも充実した毎日を送っていた。ところがある日のこと。あらたな上司が送り込まれてくる。
その上司は異様に計算・文書ができた。ミスをすればヒステリー気味にキレまくり罵倒――ヒロを執拗な攻撃で追い込んだ。
それまで温和だった職場は一変。皆緊張でピリ付いた。やってもやっても仕事は片づかない。誰も助ける者はいない。絶対絶命のピンチ。そのときだった――
救世主のように目の前に現れたエレナ婦人と孫のカレン。彼女たちとの出逢いを経てヒロは息を吹き返していく。
エレナ邸を訪問し徐々に自分を取り戻していくヒロ。一所懸命やっても報われない無念さを胸に必死に訴えるがサラリとかわされる。さてこれからどうなるか――? 続きをお届けしよう。
〔本小説は実話に基づいた小説(=「実小説」と名づけました。)です。
苦しい状況からでもひと筋の光を信じて前に進めば、必ず道はひらける。このことを教えてくれます。読者のあなたにも少しずつ光が射しこんでくるでしょう。)
「エレナ婦人の教え」とは?
https://note.com/hiroreiko/n/nc1658cc508ac
はじめに(目次)
https://note.com/hiroreiko/n/ndd0344d7de60
<<これまで
第5章 はじめての暮らし
https://note.com/hiroreiko/n/nfd82bb3dfc00
第6章 源三の素顔
「タイミングってことですか」
思わず聴き返した。
「そんなしゃれた話じゃない。網の張り時、引き時……。この仕事だって辞め時ってもんがあんだよ」
「どういうことですか。それはどうやってわかるんですか」
矢継ぎ早に質問を投げかけた。すると源三は、こちらが興味本位で聴いているのを見逃さなかった。一瞬のスキをモリで刺すように、鋭い視線でこちらを見つめた。
「ヒロさんよ。いま教えたところでわかんねえだろう。あんたは頭でっかちだ。頭と理屈だけじゃ、人は動かねぇよ。
ここじゃ経験と勘だけがものをいう。知ったかぶりしたって務まらねぇ。
シケがきたら、ジタバタしたってムダなんだ。浜でじっとしとかにゃあなんねぇ。どんだけ海に出たくたって、出られねぇときは出られねぇ。それは肌で感じるもんだ」
ドスのきいたその声に、圧倒された。そういえば昨日、涼太が言っていた。
「源三さんは、息子さんを海で失くしたんだ。まだ5歳のときだよ。奥さんが止めるのもきかず、シケの海に連れて行った。だけど大シケで波に飲まれ、船もろとも流された。
源三さん、そのときのことを悔やんでいるんだ。シケの海を観たいとせがんだ息子さんのために海に出た。だけどそれがアダとなったんだ。だからせめてもの想いでときどき荒れた海にあえて出るんだ。罪滅ぼしのつもりでね。
一人でシケの海に出てはね、息子さんとのことを思い出し、記憶を振り払っているんだ」
ほんとうは源三さん本人に聴きたかった。しかしその話に触れるには、時期が早かった。
熱い吐息で語る源三、彼のことばが耳にこだましていた。
――からだで覚えていくしかないな。
そう悟った。
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