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「花を飾ると、神舞い降りる」を読みました

人生に必要なことは、最高のタイミングで現れる。

癒しは、滞っていたエネルギーが流れたときの感覚。

自然は私たちを、整える。

「整う」というのは、良くなるということでは、ない。自然な状態になること。ありのままの状態になること。本来の状態になること。

それが「整う」ということ。

自分の状態が整っていると、
もうそれだけで人生がスムーズに流れていく。

吉本ばななさんの本と共通する。 

つらく苦しい道を選んでも、
安全で楽しい道を選んでも、
結果は同じだとしたら、どちらを選ぶ?

私もあなたも、ひとつも間違っていない。
なにを選んでも、必要なことは起きる。
堂々と間違えよう。
堂々と好きな方を選ぼう。
安心して好きなことをしよう。

私たちにできること。それは「観察」すること。自分のからだ。自分のこころ。痛いところ、違和感があるところ。観察してみよう。

よーく見てみよう。じっくり感じてみよう。

浄化もヒーリングも心理面接も、観察だ。
観察することで、エネルギーの滞りを流す。

自分のことを観察して、相手のことを想像する。

相手の話を聴く時に、自分に起こる感覚には、すごくヒントがある。どんな分野であっても、していることは同じなんだと思ったら、うれしかった。どんな道を通っても、行き着くところは同じなんだ。心理学でも、スピリチュアルでも、お金の勉強でも。自分を観察し、滞ったエネルギーを流し、もとの状態に整える。それが、できること。

いつでも問題を解決できるわけではない。
問題の解決は、最高のタイミングで起きる。
そのタイミングまでは、解決しない。

できることは、一緒にいること。
自分を観察し続けること。
自分を整えること。

幸せになることが、こわい。
だから、自分とズレていく。
それは、ある意味、自分の願いを叶えている。

「本来の自分で生きていると、
 人は幸せにしかなれません。」

だから、本来の自分になるのが、
こわいのかもね。

幸せは、今、ここにある。
その、今の幸せを味わう。

幸せになっても、大丈夫だよ。

観察することは、「いま」に意識を戻すこと。
瞑想と同じ。過去と未来に振り回されない。

過去と未来にいると、不安を感じる。
「いま」にいる時にだけ、愛由来の行動ができる。

愛とは、変えないこと。

自分や相手を変えてはいけない。
そのままで良い。

変わったようにみえるのは、結果であって、
結果は出すものではなく、出てしまうもの。

愛は強制しない。

「いま」の自分の器のままで、堂々と生きる。

人生が良くなるのは当然なので、
それを邪魔しているものを取り除けばいい。

わかろうとしない。

"ふと"に従うだけで、いい。

私たちのルーツは植物にあると知る。

オーラが見えるようになるのも、きっとベストなタイミングで起きる。見えなくてもいい。でも、見えたら、きっと楽しいだろうな笑

私は背中が痛かった。
背中には、第4チャクラの入口があるらしい。
第4チャクラは、愛のチャクラ。

愛を受け取る入口が、壊れていたのかもしれない。

愛を与え、受け取る。愛の量は必ず同じ。
両親や妹弟、友だちからの愛を受け取り、
私の背中の痛みは、軽減した。
まだたまに痛むけれど。

私も世界も変わっていない。
愛は、ずっとあった。

愛に気づき、本来の状態に整っただけ。

たくさんの好きを集めよう。
花を飾るのも、そのひとつ。

自立している人は、自分で自分を満たす。
自分を満たす方法は、自分しか知らないから。

自立している人は、自分を受け入れている。
自分を受け入れていると、他人も受け入れられる。
同じでなくても、一緒にいられるし、
もちろん、離れてもいい。

整うとは、本来の状態であるということ。

私は子どもがいない。結婚もしていない。

だけど、「子育てはゆるしの時間」という章で、
泣いた。

あなたが何をしてもしなくても、毎日、ずっと、子どもの全部であなたのことが大好きです。

あなたがどんなに不安でも、「好きだよ」「大好きだよ」「一番好きだよ」と、あなたのすべてを肯定してくれるその存在に「いま」ゆるされてほしいのです。

ここまで自分をゆるさずに生きてきたあなたに、やっと訪れた癒しです。いまここで自分を癒し、それからまた整ったあなたで生きていけばいいのです。

あなたもゆるしてきました。
かつてゆるしました。

「第4章 花のように生きる」より

生まれてきただけで、すでに親をゆるすという役割を果たしている。私たちは、もうそれだけで十分な大役を果たしたんだよ。

許せない親もいる。許さなくてもいい。

じぶんのことだけは、いま、ゆるそう。

もう、ゆるそう。

ここまで、よくやってきたよね。

きっと最高のタイミングが訪れる。

癒されるとは、傷のなかった頃の自分に戻ることではない。トラウマの回復では、傷を思い出しても、平気になること。その傷さえも、私であると堂々と生きること。

「人生は案外簡単ですよ」

それについては、まだ半信半疑だけど。

私は、いまの私が、好きです。

「花を飾ると、神舞い降りる(須王フローラ:著/サンマーク出版/2022年)」


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