『アマガッパ、パッパラパー』7.17
ぼくのにいちゃんはパッパラパーなんだ。
ようちえんからかえってくるなり、よねんまえに産んでから、それなりの大きさに育ったボウヤが言った。
そとはシトシト、畑の土をしめらせ、水たまりをたっぷり造り、家のまわりをカエルの住処にしてしまっている。今日、かれのにいちゃんはそこで長いこと、カエル捕りをしている。もうかれこれ三時間。
ぼくはようちえんで、せんせいと、おりがみをしてた。つまんなかったんだ。
そうだったの、とわたしはうなずく。それで、どうしてパッパラパーなの。
ボウヤは不満たっぷりだった。
にいちゃん、むかえにきてくれなかった。おうちにいるのに、なんで!
カエルの魔力のせいだと言えば、納得してくれるかしら。わたしは考えながら、おそろしい魔女の声を想像し、口にださずにシワのふえてきた人さし指を回した。
カーテンに届いた指が、カラカラと外の景色を取り込む。
にいちゃん、畑、カエル、畑、畑。
出窓にのぼったボウヤがむっつりと頬を膨らませる。
にいちゃん、まだカエルとりしてる!
ごめん、とわたしは呟いた。にいちゃん、ハタチ、生物学科。かつてはわたしもそうだったのよ。止めたい、でも止められない。だってにいちゃんはハタチで、パッパラパーになるほど、なんだもの。
にいちゃん、ぼくより、カエルなんだ。ひどいや。こんなにあめがふってるのに、アマガッパなんか、きらいだ!
わたしはボウヤがにいちゃんのツミを、アマガッパに着せているのを聞き、ごめんね、と言った。にいちゃんはアマガッパのパッパラパーだね。
そうだ。アマガッパのパッパラパー。にいちゃん、アマガッパ、パッパラパー!
カエルがゲコゲコと鳴いた。そうねえ、カエルもそう思ってるはずよ。わたしはボウヤに続いてうたってみる。アマガッパ、パッパラパー。
やがてわたしとボウヤは、ふたりでうたいながら、玄関まであるくと決めた。アマガッパ、パッパラパー。
アマガッパ、ゲコゲコ、パッパラパー。パッパラパー、パー。
大きなカサを手にとって、わたしはドアノブに手をかける。ひらいたとたん、梅雨のしめった空気が、ふたりの全身を包みこんでしまう。
たじろいだわたしを置いて、ボウヤはそこをつっきり、雨よりもはやく走る身ぶりで、にいちゃんに体当たりした。
にいちゃん、ぼく、かえってきた! ぼく、かえってきたよ! にいちゃんがかえってこないなら、もう、パッパラパーなんだー!
大きな声をだした人生四年目のボウヤに、研究一年未満のにいちゃんはおどろいて、勢いよくボウヤへ振り向き、目をグワッとひらき、手にもっていた大きなカゴを手放した。下にカエルが見えて、ガシャン、とやった。
あぁーっ!
にいちゃんは声をあげ、両手で顔をおさえ、首をとれそうなほど強く振った。おそるおそる、カゴをつまんで、持ちあげる。ダメだったみたい。にいちゃん、肩をおとしちゃった。
お前ってやつは、お前ってやつは。
にいちゃんはワナワナと身体をふるわせ、立ちあがり、ボウヤを泣きそうな目で見おろして、フンと鼻息を吹きあらした。
さっき、お前、オレのこと、なんてよんでた?
にいちゃんの問いかけに、ボウヤは目をキラキラさせ、パッパラパー! とさけんだ。
アマガッパの、パッパラパー。
わたしも合流して、にいちゃんにおしえてあげた。にいちゃんは胸がはち切れそうなほど、思いきり息を吸いこんで、吸いこんで、吸いこんだ。
ボウヤに背を向け、さけぶ。
アマガッパ、パッパラパー!!!
にいちゃんの寂しげな背を、ボウヤはにんまりと見やり、してやったり、とこちらを見た。わたしは満足して、家に帰ったら温かいスープをつくると決めた。
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