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noteは、きれいごとだけでいい。

私の今、思っていること。
SNS(note)はきれいごとだけでいい。

私には分からないこともある。
いや、分からないことの方が多いのだろう。

だけど、私は自分の大好きな人に傷ついてほしくないと
ただそれだけを願ってしまう。

ちゃんと食べれていますか?
ちゃんと眠れていますか?

ちゃんと食べて。
ちゃんと眠って。
今はそれだけでもいいの。

どうか、どうか、
心と身体を大事にして。


ららみぃたんの記事を紹介します。

そして、もうひとつ。

適当人間の私が心がけていること。
それは、noteの世界は、エンタメである。
ということ。

コメントなどを通じて交流を深めていくと、全てわかったような気になってしまいがちになり、リアルな友だちとも変わらないような感覚になることがあります。

それはそれでいいのですが、相手も私も本音を書いているつもりでいてもそれは一部でしかない、色んな面があるうちの一面なのです。

つまり、エンタメだと私は思っています。

私がnoteに書いていることは、紛れもなく、私。
だけど、ららみぃたんなのです。

かっこ悪いことも書く、う○ちネタも書く、ドス黒いことも書く。
本音も書く。
だけど、これは私の一部。

相手もそう。
心の内を書いてくださっているあの方もこの方もどの方も一部。

カッコつけてもカッコつけなくても、それはエンタメの世界だと私は思っています。

だから、もし、私が信用しているnoterさんが、女のフリをしている男だとしても、主婦のフリをしている高校生だとしても、職業を偽っていたとしても、それはそれでエンタメなので、いいのです。

それで騙して何かしようとしたら嫌ですが、それによって、面白く楽しい記事を書いていたら、それはエンターティナーとして、凄いと思ってしまうのです。

まぁ、今のところそういった方との交流は、ないので、実際現れた時にはどんな気持ちになるのかは、わかりませんが…。(たぶんいないはず…)

つまり、リアルな世界を生き、このエンタメの世界で息抜きをしたり、感情を味わったり、交流を深めたりしながら、自分を見つめて、またリアルな世界で生きる糧をもらう。

そんな感じです。

これってnoteにも通じるなって思ったわけですよ。

私が他の方の記事を読んだ時に私はその方の全てをわかるわけではない。
だけど、自分のわかる範囲、自分の経験や想像の中でその方の想いを汲み取ろうとしている。

その中には私の勝手な妄想も含まれているんだと思う。

背景も想いも全てをわかるわけではないのに、勝手に想像して、勝手に想いを寄せたりする。

こういう文章を書くこの方はきっとこんな人なんだろうな…。
こういうことで悩んでいる方はこういう想いがあるのかな?
今はしあわせそうなこの方もきっと過去辛いことがあって乗り越えたんだろうな…。
今は辛そうだけど、きっとこの先しあわせが待っているよ。

などなど…。

そんな勝手な想像をしてしまう。

そして勝手に身近に感じたり、めっちゃ好きや〜😍って思ったり。

それは、時に間違って解釈してるかもしれない。
それでも合ってる間違ってるじゃない。

それもその方の一部。
いや、私の一部なのかもしれない。

そうか。
今書いていて思った。

noterさんにしろ、アイドルにしろ、現実社会にしろ、それは受け取り側が感じる一部。

見せる方も見せられる方も一部。

そこが一致した時に、ビビビッと来るのかもしれない。

ららみぃたんの記事より

ららみぃたんの記事にも書かれていますが、実はSNSだけの付き合いって、どんなに毎日交流していても、ほんの一部だけを知っている間柄なんですよね。私も以前、『いつも優しくて良い人』イメージを持たれていることを知ってビックリしたことがある。

親のことは大嫌いだし、子どもたちにだっていつもニコニコしているわけではなく、叱ることもある。(今は叱るような出来事もないので、正しくは「あった」かな。)夫とだって些細なことで言い合ったり。仕事も上手くいかないことはしょっちゅうだったし。幼少期とは比べ物にならないとはいえ、子どもたちへの仕送り地獄真っ最中で、今でもお金の苦労はしているし🤣義実家とのおつきあいも時々やらかしちゃう💦体調だって良かったり悪かったりで安定感がない。いつも優しいなんてとんでもない!😂ちゃんとイライラするし、(夫に)八つ当たりもするような人間です😁

だけど、noteの中で出会った方には私の全ては関係ないのだから、『いつも優しくて良い人』イメージをありがたくお受けすることにしている。

ここ(note)では、きれいごとだけでいい。
そんなふうに思う。

高見さんも
ももちゃんも
私にとってかけがえのないnoterさんです。

高見さんの全部を、私は知らない。
ももちゃんの全部を、私は知らない。

だけど、お二人の人間的な魅力の一部を私は知っている。

だから、きれいごとかもしれないけど、
私はきれいごとだけでいい、と思っている。

だってお二人が私にくれた優しさは紛れもない真実なのだから。。。

春さんの記事を紹介します。

知り合った時期やその度合いに、違いはありましたが、
私は、高見純代さんとも、ももまろさんとも、みこちゃんさんとも
noteで交流していました。
過去に何があったか全く知らずに。

春さんの記事より

春さんの心の痛みが引きますように🙏

ひいろさんの記事を紹介します。

当人同士にしか分からないこと

抱えて・傷ついたり・悩んだり・苦しんでいたのかな。分かりません。
noterさんを2人失ったような悲しくて切ない気持ちです。やるせなさが残ります。

私がnoteを続けてくることができたのは
他のSNSなどよりも優しい場所だと感じたからです。

優しくない場所になるときっと離れてしまう。

noteが石を投げるような
コメントがあふれる場所ではなく
誰もが創作を楽しめる
やさしい場所でありますように。

ひいろさんの記事より

ひいろさんの想いが届き、noteが『誰もが創作を楽しめる場所』になりますように🙏

恵子さんの記事を紹介します。

このnoteの場は、基本は文字を通しての繋がり。
リアルではないからこそ、もしかしたら、ここで見える姿は、偽りの姿かもしれない。
それぞれが、弱さを抱えた人間であり、完璧な人間などこの世にいないのだから・・。


間違いや失敗も犯すかもしれないし、意識している、していないに限らず、人を傷つけてしまうこともあるかもしれない。
それでも、この場所が大切であれば、もし失敗をしても、その失敗を生かして、何回も立ち上がることもできるし、許しあうことも出来るのではないか、応援しあえる場所になれるのではないかと思います。

恵子さんの記事より

偽りの姿であっても、自分に優しくしてくれる偽りであれば、断る理由もなく、その優しさに委ねてしまいそうになる。でも、ここ(note)では、それでよいのではないかとも思う。リアルで付き合う人間関係にだって本音と建前というものがあるのだから。
また、誰しも弱いところがあって、そして間違えてしまうこともある。間違えたら「ごめんね」って。それが出来る場所だと信じたい。

松下友香さんの記事を紹介します。

腹を割って話そうとしたら
結果として思いがけない方向に
進んでしまうことがあるのは
SNSの怖いところ

話題にするだけで誰かが
悪役になってしまうことだってある

「君は大切な人なんだ」
今、僕があなたに伝えたい言葉

友香さんの記事より

君のことが気になるのは
あまりにも君がまっすぐで
人を信じようとしていたから

友香さんの記事より

SNSでなければ。対面で話すことが出来たなら。少しのすれ違いや誤解が怖いです。関わった方々が今、どんなに辛い想いをしていることでしょう。誰も悪役にはなってほしくない。大切なあなただから。。。

ゆうゆうさんの記事を紹介します。

SNSやリアルでも、
不快なモノには
とても苦手意識がある。

元々、人の悪口を言っているのを聞くと、
胸やけのような気持ち悪さが起こる。

大きな声や刺々しい物言いはビクっとし、
強い口調が苦手。

怖くて身体がフリーズする。

自分に言われているわけでないのだが、
怖さは恐ろしいというような感覚で、
不快な感情に身体が勝手に反応する。

ゆうゆうさんの記事より

私も大きな声や荒々しい声は苦手。文字であっても、強い口調は伝わってきますよね。現実の世界で、たくさんの人と関わって生活している以上、全くそういった言葉を聞かずに過ごすことは難しいかもしれないけれど、ここ(note)でくらい、そんな声は避けて通りたくなる。きれいごと(優しい言葉)だけの世界もいいじゃない。

きゃらをさんの記事を紹介します。

誰かの背中を押すから
誰かも背中を押してくれる

誰もが心に隙間をもっていて
同じ人を探しては癒されるけど
一時の癒しはあっても
またそこでひっぱりあいが起こる

自分も余裕はあるわけじゃないけど
わけてあげるから
埋まることはあるのではないかな

へーとか
ほーとか
ぷっとか

面白い記事は本当に多い
そういう記事に出会えた時に思う
読めてよかった
ありがとう。てね。

でもスキ制限だからスキが押せてない記事が
いっぱいあるだけだからね(笑)

そんな腹黒さも併せ持ちながら
なるべく自然体で歩いていこう

誰かがちょっと笑顔になるのなら
形なんかどうでもいいんだ

大袈裟なものや見返りなんか求めていない
誰のためではない
それが自分の隙間を埋めていく

きゃらをさんの記事より

きゃらをさんの記事はnoteのことを考える時によく読み返します。
『誰かがちょっと笑顔になるのなら形なんかどうでもいいんだ』そんなふうに思って書いているnoteだから、いつも居心地が良いのかも。

アポロさんの記事を紹介します。

 クリエイターとして観客や読者にどう演出すれば楽しまれるか考えるってことは、自分を気に入ってくれる人たちへのサービスであり、生き方や考え方の共有チャンスなのではないかと思う。
 取り繕うって言い方がいつからかネガティブだとは思えなくなった。ほころびだらけの人間が取り繕ってる姿は滑稽か?
 苦境や挫折を知った人が再び美しくあろうとする生き方は尊いって思い知ったんだ。

アポロさんの記事より

noteでは誰もがクリエイター。それでいいよね。

あぷりこっとさんの記事を紹介します。

他人様の行動に対して人並みにいろいろ感じることはある。あるけれど、人の行動は社会的なルールを逸脱しない限りご自由にって思う。その行動に対して、誰がどんな感想を持つか、ってことも自由。社会的なルールって限りなくグレーで、そこも人それぞれには違いないけれど。

あぷりこっとさんの記事より

記事を投稿することで、読んで下さった方がどんな感想を持つか、それはまさに読み手側の自由。自由だから、面白いし、自由だから、時にしんどい。
今日のわたしの記事も賛否両論だろうなと思いながら書いています。

あきらさんの歌を紹介します。

あきらさんの記事より
あきらさんの記事より
あきらさんの記事より

声(歌)の方が、文字よりも伝える力が大きいような気がする。

くーや。さんのイラストを紹介します。

『ここに居る』くーや。さんの記事より

かける言葉は見つからないけど、わたしはここに居ます。

今日の記事は、あくまでも私はこう思う、ということでnoteのつきあい方に対して私の価値観を押し付けるものではありません。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ご縁ありましたらエッセイ本、よろしくお願い致します。

画:ひろ生さん

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