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いつかのアトリエで

私は何も考えずただ歩いていたのだろうか?

夢から覚めた時の様にあたりの景色が目に入ってきて私は思った、ここは一体どこだろう?我に帰ったとは言えない状況である

見上げると高い天井に大きな窓があった、そこから日の光を受けて部屋の中が優しく輝く、部屋に間取りはなくただ四角に型取られた単調な作りだが随分と広い空間に感じた、天井が高いせいもあるのだがこの部屋は確かに広いらしかった、しかしそんなシンプルな部屋の床には絵の具が飛び散り、何やら鉛筆で奇妙な裂傷の様なはたまた記号のような線が描かれた紙がペラペラと無造作に落ち、筆も何本か転がっているのがパッと目に入る、窓際には植木鉢が置かれているが部屋から受ける印象とは裏腹に活き活きと生えている、水やりを怠っていない事には少し驚いた

思えば恐る恐る歩いているとは言えこの部屋には確かに整然と物が配置されている印象がある、ここでの生活はこのように人が動き、そこにあるものはあるべくしてそこにあると言った感じだ

その時窓が風でカタカタと小さく揺れた、窓の外には植物が見える、まさに自由、生えるがままにといった感じがする、しかし隣家のようなものは見当たらずかと言って遠くまで見渡せるような位置にこの家が立っていないらしくどのような環境にこの家が建っているのか?はまどを眺めるだけでは把握できなかった、一つ視覚的情報といえば、何本かの木がみえているがその向こうには空が広がっている、森の中というよりかは確かに人が切り拓いた土地と言った雰囲気が感じ取れる

私はどうやってこの家に来たのだろう?ここはどこなのだろう?この時初めてそう思った

私はこの部屋へ興味が湧いている、もう少しこの部屋の生活というものを知りたいと思い部屋を広く眺めてみる事にした。

一番目を引くのはこの部屋の真ん中、使い古されたイーゼルに描きかけの絵がかけられ、その脇には絵の具に塗れたキャスター付きの木製の棚が寄せてある、その上にはパレットと油壺、そして絵の具のチューブが散乱しているが天井からの光でそれすら優しく輝いている、ここが確かにこの部屋の核なのだろうと見ればすぐにわかる

そして四角い部屋の壁3面は描き終えたのか?描きかけか?キャンバスが壁に寄り掛かるようにして囲んでいる、よく見ると本が積み上げられた棚が絵に埋まるようにして置かれてあった、そこには数多の画集や写真集が乱雑に積み上がっている、よく見るとかなりの文庫サイズの本も積み上がっているらしかった、その本棚の下にもまだまだ本がびっしり詰め込まれているのが立てかけられた絵の隙間から伺える、私は一番上に積まれた本を一冊手に取ってみる本の表紙を眺めひっくり返すと表面には大きな文字で「長谷川利行:画集」と描かれていた、私はこの画家を知っていた、若い頃強烈なインパクトを利行の絵からそしてこちらをキッと睨みつけるような鋭い眼差しを向ける顔写真からそしてその人生から受けたのだ。

私はこの画室で生きる人間にどことなく愛着が湧いた、会ったことまないけれどどこか自分に近しい人間なのだろうとこの一冊の画集を手に取っただけでそう思えてならなくなった

そして二冊目を手に取ると須田国太郎と書かれていた、私もこの画家はとても好んでいる、絵の具からこの人の繊細でどこか儚げ、そしてそれらを愛するというような眼差しを感じる、パラパラとめくりながら私はこの画質の主の事をまた一つ知ったような気になっていた

積み上がった画集の隣にはどうやら小説のようなものをかなりの数積み上がっている、私は躊躇いもなく一冊手に取るとそれは堀辰雄の「風立ちぬ、美しい村」であった、昔スタジオジブリでも題材に取り上げられてアニメーション作品として発表された事があった、私は今でもスタジオジブリ作品の中で一番好きな作品である

本棚の下にも本が詰め込まれているらしく立てかけられた絵に触れるのは忍びなかったが崩れて倒れないように丁寧に一枚一枚絵をよけてみた

大きな絵の裏に一枚小ぶりのキャンバスを見つけた、私は自分の好奇心を抑えられずに、というよりも何気なくと言った感じで悪びれる事もなく手に取ってまじまじと眺め始めた

絵の具がゴテゴテに盛られ、空間というよりはかなり平面的に描かれたその絵は真ん中に大きく人物を添えた室内画だった、キャンバスのほとんどがその人物で埋まっている、絵の中の女性は口を手で覆い目を細め頬を赤らめて微笑んでいた、その絵は紛れもなく作者の自然から描かれた、日常の一コマだと私にはわかった

上手いとは言えない絵かもしれないが、私は確かにこれこそ絵画だと思った、技術的な魅力では無く、精神的な魅力を感じる

「この女性は今どこで何をしているのだろう?」

そう思うと心がキュッと締め付けられるようなきがして、周りを改めて見回すとこの部屋には私の気を引くものしか無いように思われてどこから手をつければ良いのかわからなくなっきた

時間が止まったまま何年も何十年も、もしかしたら100年だって、ここにこうしてこのまま残っていた様なそんな気さえする、しかし活き活きとしたものがこの部屋の隅々まで充満している、私は呼吸するのを思い出したように大きく息を長く吐き出した。

真ん中に配置された描きかけの絵の前にボロボロなお世辞にも座りやすそうとは思えない椅子が一脚とその奥に少し埃の被った革の二人がけのソファーがあった、私はそこに吸い寄せられるように歩み寄る、床には散らばったもの達を踏む事もなく、もはや恐る恐る歩く事も忘れながら自然と横切って歩いて行った

二人がけのソファーはずいぶん使い古されたのか、破けたりはしていないもののかなり皮が薄くなっている部分も見受けられた、座ったり立ったりを繰り返して行く中で革は磨かれツルツルテカテカになっている、ソファーには人の体重がかかった癖がついて凹んでいる、今でもそこに誰かが座っているように見えた
主に右側のソファの方が頻繁に人が座っていたのだろうか?凹みが深くそしてツルツルに革がなめされているように見える、左側にも跡は見受けられるが差は一目瞭然であった、私はその時ふと先程見た女性の絵を思い出した

「この女性は今どこで何をしているのだろう?」

仲親しげに微笑み会話を交わす姿が目に浮かび始める、そこにいないのに座っているように見えた、私はより深く沈んだ方に腰をかけてみた、身体がすっぽり包まれるような安心感があり、肌に馴染むような感じがした、ソファーも私のことを待っていたのじゃ無いか?と思うほどに。

正面を向くと描きかけの絵が天井から降り注ぐ光に照らされて今か今かとその時を待ち続けているように見えた、しかしずいぶん日も傾いてきて日差しは1日が終わりに差し掛かっていることを伝えていた、この部屋の時計は完全に止まっていらしく確認はできない、かと言って私には他に帰るところもないように思えた。

描きかけの絵を真っ直ぐにソファーから眺める、多分こうして二人でここに腰掛けて描きかけの絵を眺め何かを語り合っていたのかも知れないなと思った。

私は一人で絵の前に座り描きかけの絵を眺めている

その描きかけの絵はどこかの山々とそれに覆い被さるように湿った重たそうな雲が空を埋め尽くしている風景画だ、山の向こうの方はどうやら雨が降っているらしい、そろそろこっちも降る頃か?そんな山の麓を見ると、田んぼのような平地が見える、そして山々と比べるとあまりにもちっぽけに家がポツポツと立っているのが見えるがここはまだ描き途中なのだろうとわかる、この風景だって今もこの世界の何処かにあるのだろう、女性の絵と同様にこの人の人生の一コマなのだと私は感じた

この景色を見た時、これを描いた画家は何を思ったのか?私はもっと知りたいと思った

隣にあの人が居てくれたら、と隣に目をやるが浅く凹んだ跡が付いているだけだった、私は一人その風景画の中に没入し何かを探し始める

風は凍えるように冷たく、広大な大地があり、時折風に乗って水滴が飛んでくる、山の上から吹き下ろされた風は田んぼの平地へぶつかりこちらまで吹き付けている、うまく言葉にできない、が、私は感動に心打ちひしがれている、私はどうしても誰かにこの気持ちを知って欲しいと思った

「なんで私は感動したのだろう?」

そうやって隣に居てくれる人と言葉を交わしたい

しかし画家は絵に向かう時、強烈に孤独だ

人に指示されて描くのでは無い、自分が思ったものを自分が思ったように描く、共感されなくて当たり前で、それでも自分の思う事を描く以外に道はなく、何かに寄せて描くくらいなら辞めてしまえと思うほど頑固になり、しかし言葉にはできず不器用に筆をとる

絵画と私が対峙する時、私を邪魔するものは私自身である

言葉にできない程の罵詈雑言が飛び交う日もあれば全く無言な日々もある、語りかけても返事もくれ無いのに、一人で考え事をしているときにはあーだこーだと饒舌、キャンバスの前に座っても筆が動かぬ時もあれば、描きたいのに日常のたわいも無い用事のために筆を持てない時もある、描こうと思って描くものですらなく、全ては自分の心に委ねて、成る様に成るその時を待つのみ

画家とは何かと聞かれたら、私は自然現象のようなものだと答える、自分でコントロールできない私は画家には向いていないのかもしれないが、自分を完全にコントロールして何かを考え絵を描く様な合理的な画家にはなりたいとは思えず、画家とはもっと衝動的で、一種呪に近いもの、だと私は考える。

私はソファーから立ち上がり描きかけの絵の前のボロボロの椅子に腰をかける

絵に対峙する、部屋の空気が湿気を含み始め、冷たい風が吹き始め、何かが確かに画室に満ちはじめた

油壺にオイルを注ぎ、絵の具をチューブから解放して、筆を取った


「私にしかこの絵の続きは描けない」

心がそう言っている

だから私はまた描いて行けるのです。



そろそろ彼女が仕事から帰ってくるぞー(あの絵の人)🌞笑
謎の空想に耽ったわー🙈

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