【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 24
翌日、中大兄は昨晩の涙が嘘のように、いつもの冷徹な顔に戻っていた。
彼は、昨夜取り乱したのは自分ではないと思っている ―― いや、そう思わなければ、彼のような自尊心の高い人間は生きてはいけないだろう。
それは兎も角、彼は本気で群臣を如何にか封じ込めたいと思っていた。
でなければ、彼が大王になることはできないし、例え大王になったとしても、思いどおりの政治ができないであろう。
では、如何するか?
いっそのこと、蘇我入鹿のように謀反の疑いを掛けて、群臣全員の首を刎ねるか?
しかし、そうなると群臣も黙っていないだろ。
もっと簡単で、もっと確実な方法は?
―― そうだ、叔父上は飛鳥の群臣の力を断ち切るために難波へと宮を遷したな。
なるほど、群臣の力を弱めるのに、宮遷しという手段があるか!
では、何処に宮を遷すかだが、大和内は飛鳥の群臣の息が掛っている。
難波は如何だ?
いや、難波も中臣や大伴が煩い。
となると、いままで宮を置いたことがない場所が良いな。
とすると………………
中大兄の頭に、一つの名案が浮かんだ。
「誰か、大友を呼んでくれ!」
中大兄に呼び出された大友皇子は、すぐさま屋敷へと駆けつけた。
「大友、近江周辺で広く開けた土地はないか?」
中大兄の行き成りの質問に、大友皇子は面食らいながらも答えた。
「はい。確か、大友氏の所領であります滋賀郡辺りは、開けた土地ですが。それが何か?」
中大兄は、その答えを聞いて満足そうだ。
「うむ、その滋賀に宮を遷そうと考えておるのだが」
大友皇子は、またもや面食らってしまった ―― まさか、そんな重要なことをここで簡単に決めてしまおうとは。
「はあ、しかし、宮遷しは群臣の賛同が要りますが……」
「それは、私の方で何とかする。お前には、宮建設の要地と資財を大友側と交渉してもらいたいのだ。良いな。」
父の「良いな」は、「いますぐやれ」である。
大友皇子は、すぐさま大友氏と協議に入った。
当初、大友氏も突然の申し込みに驚いたようだったが、彼らはすぐさまこの計画に賛同した。
そして彼らは、近江周辺に居住する渡来人の賛同を集めることも約束してくれた。
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