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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 10

 大伴家に連れてこられるなり、八重女はそこの侍女連中から冷たい視線を浴びせられた。

 なかでも一番年老いた侍女が、まるで兎を狩る鷹のような目つきで八重女を睨みつけ、彼女を前から後ろから、横から上からとあらゆる角度から眺め、頷いたあと、

『脱がせなさい』

 と、凛とした声で言った。

 すると他の侍女たちが、それこそ因幡の白兎に襲い掛かる鮫のように、彼女に襲い掛かって衣服を脱がせ、丸裸にされた。

 さすがに奴婢であっても、こんなに酷い扱いを受けたのははじめてだ。

 八重女は涙目になりながら大切なところを隠し、震えた。

 年老いた侍女は、まるで舐めるように八重女を見ているし、周囲の侍女たちはくすくすと笑っている。

 奴婢は道具であるが、さすがにこれは耐えかねた。

 次は何をされるんだろうと怯えていると、

『体を洗いなさい』

 と、外に連れ出され、侍女たちから、頭から冷たい水をぶっかけられ、荒縄のようなもので身体中をごしごしと擦られた。

 まるで身体中の皮を剥がされるのではないかというほど痛かったが、確かに溜まっていた垢がぼろぼろと零れ落ち、赤黒かった肌の下から、まるで雪のように真っ白な素肌がのぞくと、擦っていた侍女たちからもため息が零れた。

 が、なぜかため息が大きくなるにつれ、比例するように擦り加減も強くなっていった。

 全身の垢が落ちて体がひりひりしているところに、今度は訳の分からない、匂いは良いが、どろっとした液体を塗られた。

 それが終わると、今度は侍女たちと同じような服を………………いや、それ以上に上質で、色合いの良い、美しい服を着させられた。

 それは皇族や氏族の女性たちが着る服で、なぜ婢である自分がこんな高価なものを着せられるのだろうかと、不思議でしかなかった。

 それから案内された大広間の真ん中に、ひとりぽつんと座らされると、侍女たちはさっと左右に分かれ、八重女に向かって平伏した。

 年老いた侍女も頭を下げている。

 訳も分からず狼狽えていると、今度は男性が入ってきた。

 厳つい顔をした長身の男である。

 年老いた侍女が、『頭を下げよ、大伴馬飼様じゃ』と教えてくれ、慌てて頭を下げた。

 馬飼は、しばらく八重女を眺めた後、口を開いた。

『よいか、今日からそなたは八重子だ。大伴八重子 ―― 私の娘だ、よいな』

 よいなと言われても、急な話で八重女は訳も分からず、婢としての癖で頷くしかなかった。

『そなたには今日より、貴人としての教育を受けてもらう。そしてゆくゆくは、ある方の妃になってもらう、よいな』

 八重女は頷いた。

『そなたたち、教育を頼むぞ』

 男は、そう言い残すとすぐさま出ていった。

 酷く場が緊張していて、八重女だけでなく、年老いた侍女や他の侍女たちも、馬飼が立ち去った後、ほっと溜息を吐いていた。

 少し落ち着いて、男の言葉を思い起こすと、これは凄いことになったと改めて感じた。

 さっきまで婢だったのに、いまこの瞬間から貴人の娘として生活である。

 しかも、結婚相手も決められてしまった。

 なんという状況の変化か………………生みの親に捨てられ、育ての親に捨てられ、挙句に斑鳩寺から売りに出された、いわば「いらない子」が、貴人の仲間入りである。

 人生、本当に何が起こるか分からない。

 兎も角、その日から八重女は八重子と名前を変え、大伴家の娘としての生活が始まった。

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