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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 中編 16

 その夜、赤兄たちは有間皇子の市経(いちふ)の屋敷を訪れた。

 赤兄は、挨拶もそこそこに切り出した。

「有間様、私たちを有間様の計画に加わらせてください」

 いきなり敵の懐に飛び込んだのである。

「何のことですかな、蘇我殿?」

 有間皇子の傍らに控えていた鹽屋鯯魚は、赤兄の真意を探っている。

「有間様、大王の執政には三つの大きな誤りがあります。その一つは、大きな倉を建て、民の財産を集積したこと。一つは、長い溝を掘って公の食糧を浪費したこと。最後に、舟に石を積んで運び、それを積んで丘にしたことです。こんな政治を行っていて、民は付いてきましょうか? 有間様!」

有間皇子は黙っていた。

 ―― どうやら、相当警戒しているらしい。

 赤兄は、賭けに出た。

 彼は、いきなり剣を抜き、己が首に突きつけたのである。

これには、有間皇子や鯯魚だけでなく、大石や薬まで驚いた。

「何をするのですか、蘇我殿?」

 鯯魚が止めに入った。

「放してくだされ、鹽屋殿! 大王の執政を批判したことは謀反と同じ。これを聞かれたからには、正義感の強い有間様が大王に上申されるのは当然。私は罰せられるでしょう。そうなれば、我が蘇我家の恥。ここは潔く、自らの死を以って罪を償うのです」

 赤兄は涙を流しながら言った ―― その演技は、迫真に迫っていた。

 そして有間皇子は、この赤兄の涙を本物と思ったのか、彼にこう言った。

「分かった、蘇我臣。私も、この年になってやっと兵を挙げる時が来たのだ」

 と。

 ―― この瞬間、有間皇子は罪人となった………………

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