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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 2

 ―― 弖礼(てれ)城(慶尚南道海島)

 白村江の戦いに敗れた倭国の船団は、各地で敗戦、転戦する同軍や百済軍、百済の民を収容しながら沿岸を南下し、この城に入った。

 内地からも、戦に敗れた将兵や城を捨てた官僚や女官、戦役を逃れた民が続々と集まってきた。

 だが、あまりに多くの人が集まってきたために、上級将軍や官僚でさえ城には入りきらず、その周りに野営する羽目になってしまった。

 彼らでさえ、冷え切った大地に寝転がらなければならないのだから、普通の民は尚のことだ。

 その者たちで、大地は覆いつくされている。

 こんなところに、唐軍や新羅軍が攻め込んで来たらひとたまりもない。

 だが、百済の将兵や官僚たちに、もう戦う気力はない。

 いまはただ、倭国への出航をいまかいまかと、息をひそめて待つ日々であった。

 その中を、彼は親友を捜すために毎日のように彷徨っていた。

 身分は兵士だが、彼の所属する部隊もただ倭国への帰還を待つばかり、兵としての仕事らしい仕事もなく、ただぼんやりと過ごしている。

 そんな部隊を抜け出し、彼は毎日捜しまわる。

 丸太のように寝転がる人たちや薄らと立ち上がる火煙の間を、人生をともにした掛け替えのない男を捜して。

「……万呂!」

 不意に彼は足を止めた。

 名前を呼ばれた気がした。

「黒万呂(くろまろ)!」

 そら、間違いない!

 その名前を呼ぶのは、あいつだけだ!

 黒万呂は、呼ばれたほうに体を向ける。

 焚き火を囲む数人の男たち ―― ひとりが、驚いた顔をして手を振っている。

 ―― あいつじゃない………………

 落胆もあったが、それ以上の懐かしさが、彼の荒んだ心を温かくした。

「頭!」

 黒万呂は、彼らのもとに駆け寄った。

 ともに出征した斑鳩の家人たちだ。

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