「考えるな感じろ」 ガルシア・マルケス『百年の孤独』
10代の頃からいつか読もうと思っていた小説。ラテンアメリカ文学が世に出たきっかけとなった作品。ガルシア・マルケスはこの作品を主に1982年にノーベル文学賞を受賞している。
本書は、南米の架空の町を舞台としたある一族の百年にわたる物語。とにかくカオスに満ちている。双子、英雄、土を食べる女、物忘れの感染症、錬金術、金細工、大食い、亡霊、殺人と革命、運命、忘却と消滅。謎の人物や謎の出来事が次々と起こり、さまざまなものが多様に絡み合う。幽霊がふつうに出てくるので、出てくる人間もいったい生きているのか死んでいるのかわからない。
読みづらくて読むのが辛かった。こんな辛い思いをして本を読んだのははじめてだった。登場人物がみんな似たような名前で、誰だったかを確認する余裕もないままどんどん次のエピソードがやってくる。ある人の話をしていると思っていたら、いつの間にか違う人の話になっていたりする。なかなか集中力が持続せずしんどい読書だった。
でも読み終わってみると、何だかすごかったな、面白かったなと思えてしまうのが不思議だ。運命がパワフルに複雑に絡みあって総合小説というのはこういうものをいうのかもしれないと思った。
この本は、いつどこでだれがどうなったか、なぜそうなったのか、経緯や原因を考えていたら全く読み進められなくなる。意味を考えず、ただ感じること。あまり細かいことを考えずに、ひたすらに文章を追っていくタイプの本なのだと思う。泣けるとか役に立つとか、そういう次元をはるかに超えたすごい読書体験であることは間違いなし。
わかる、というところに至るために、わかりづらく複雑なところを経由することも必要で、わかりづらく複雑なところを経由することで物語の厚みや重さを受け取ることができる。そういう発見も与えてくれる本だった。
以下、心に刺さった文章を抜粋
あるとき、ニカノル神父が盤と駒のはいった箱を栗の木まではこんでチェッカーをやらないかとさそうと、ホセ・アルカディオ・ブエンディアは断った。彼によると、基本的な原則について一致をみている二人の間で勝負をあらそう意味が納得できない、というのだった。チェッカーという遊びをそんなふうに考えたことのないニカルノ神父はそれ以降、二度と駒を手にすることができなくなった。
大佐、お元気ですか?
いやあ、と大佐は答えた。
自分の葬式が通るのを待っているだけさ。
伝えてくださいと、微笑しながら大佐は言った。「人間は、死すべきときに死なず、ただ、その時機が来たら死ぬんだと」
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