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#1 妖の巫女と呼ばれた僕はたった一人の為に世界を破壊する

―――それでもいい。"僕"はこの世界を壊す―――

すべての人に憎まれようとも構わない

これから"僕"は―――世界の敵になる―――

序章

陰鬱な雨が外の格子にあたり、カンという音が響く。
長い間使用されていない家具からは湿気のせいかカビのような匂いがして鼻を突いた。
4月になるというのに、この空き家はまるで氷室のようにじっとりとした冷気が肌にまとわりついている。

「本当に大丈夫かい...?俺ぁ恐ろしいよ...」

初老の男性がビクビクしながら私の後ろからついてくる。
この空き家の管理者であり、もともと住んでいた家族の親族だ。
両親と小さい男の子、それと犬が暮らしていた。

幸せな家庭が突然の交通事故により子供と飼い犬の両方を失ってしまった。
それからというもの両親は気が触れてしまい、奇行を繰り返し家を手放すことになったのだそうだ。
怪しげな宗教にのめり込み、いつしか廃墟のようになってしまったという。
だが話はそれで終わらず、親族が家をどうしようかとこの家に集まっていると不可解な出来事が頻発し始めたのだ。

誰もいないのに扉が開いたり、犬のような鳴き声が子供部屋からしたり。
変な人影をみたり、異臭がしたと騒いだりして誰も気味悪がって近づこうとしなかったらしい。
それで困った管理者の男性は私の知り合いの神主に相談。
その場に居合わせた私が興味を抱いて、ぜひ見せてほしいと頼んだのだ。
半信半疑だった男性も神主からお墨付きを得た私をそれならと案内してくれている。

「大丈夫です。今のところは――――」

暗闇の中懐中電灯を壊れかけた階段に向けると、スゥっと黒い影が二階へと移動した。

「ひぎぃ!?な、な、、んんだなんだ!!」
「確かになにかいるみたいですね...」

慌てふためく男性に私はそう呟くと足元に散らばった木片やらゴミを避けながら階段を登り始める。
階段に足をかけると、ミシィ...という木の軋む音がする。頼むから壊れないでくれよと願いつつ階段を上まで登っていく。
なんとか登りきった先には閉じられた扉があった。
ゆっくりとドアノブをまわし扉をあけると子供用のベッド、学習机に散らばった教科書のようなもの、床には洋服が散乱していた。6畳ほどだろうか、カーテンはボロボロで閉め切られている。
懐中電灯で照らしつつ中を進もうとして気づく。奥のクローゼットの扉にびっしりと張られた札。
おぞましい光景ではあるが、でたらめに札を張っているだけで正しい封印の術式ではないと気づく。

「家内安全に交通安全...?どれも祓いの札じゃないですね」
「てきとうに俺らがはったもんだで...どうにも中にあるもんがな...」

クローゼットを封鎖するように張られた札をばりばりっと破り捨て、ガラっと勢いよく開けた。
するとその中には壺がひとつ。大きさはそう、まるで骨壺...いや、これ骨壺だな。
触れようとした瞬間、背後に気配を感じる。背中を刃でなぞられるような不快感を私は知っている。

「ようやくお出ましか。それで―――」

言いかけながら振り返ると、人の頭のようなものと犬の頭のようなものがくっついた肉塊のようなものが浮いていた。それは死臭を放ちながら、ゲエエエェエエと声ともいえない音を発していた。
見えてはいないのだろうが異常な事態に管理者の男性が腰を抜かしている。

「混ざってる...人とおそらく犬か」

私は懐中電灯を床におき、藁で出来た手のひらほどの人形をリュックから取り出した。
そしてそれを肉塊のような存在の前に置いた。
肉塊は反応示さず人の頭部の部分がグチュグチュと気味の悪い音をたてながら、私に近づいてくる。
ポケットから小瓶を取り出し、中の赤い液体を藁人形にふりかける。
すると、肉塊がぐいっと首を人形に傾けブツブツと呟くように近づいた。
餌に食いつかんとする犬のように。

「ちょ、ちょっと!あんた、これ血じゃなかろうか!?」
「牛の血です。念のために使いました」

私は少し不安感を覚えたが、どうやら食いついてくれてはいるようだ。

「お前に罪はない...。けれどそのままにはしておけないんだ」

私はそう告げると両の親指と人差し指を合わせ、他の指を織りなすように組み合わせる。
肉塊が藁人形に食い込むようにへばりつくのを見て言の葉を紡ぐ。
指先に熱が伝わるのを感じながら目線は肉塊から外さない。

現世うつしよに彷徨う魂よ。血を喰らい、己が身を移せ」

言葉を発すると同時に肉塊がゲエエエェと断末魔のような音を発し藁人形に吸い込まれていく。
すると藁人形黒く変色しガタガタと震え始めた。
私は木製の箱から札を取り出し、変色した藁人形の中央に押し当てるとまるで糊で付けたかのように吸い付き張り付いた。
不気味な震えが止まった藁人形を札の張られている木箱に収納し、リュックに入れた。
ふーっとため息をつくとじんわりと額に汗がにじむ。さっきまでの寒気が嘘のように暑くなっていた。

「骨壺は...神主さんのもとで供養してもらいましょう」
「あ、ああ...」

事態を飲み込めない男性に私は微笑んで見せた。
念のため養生テープで蓋をしめ、リュックにそれを押し込んだ。
部屋を出て壊れかけの階段を下りていく。
階段を下りた先の横にある台所の窓に何かが映った気がした。が、見なかったことにした。
おそらくは低級の霊だろう。

そしてゆっくりと玄関の扉を開けるといつのまにか雨はやんでいた。
夕日が沈むなか、振り返るとさっきまでいた空き家は寂しそうに佇んでいた。

「死はきっと終わりじゃない。そこからきっと...」

そう呟いた私を沈みゆく日が空き家の苔むした塀に長い影をつくる。
肩まで伸びた髪を風がなびき、夕飯時を知らせるかのようにどこかの家の匂いが漂ってきた。

この世界には陰に潜むものたちがいる。
それは時に人を蝕み、苦しめ、憎悪で埋め尽くさんとするのだ。
だが彼らとて本意からそうしているのではない。
追い込まれ、否定され、行き場を失った想いが彼らを形づくる。

だから―――

私は彼らを救いたい。
誰かが否定するなら、それを私は精一杯受け入れるんだ。
世界から零れ落ちてしまったものを救い上げたい。

ただ、それだけだった。

しかし因果は巡り、その行いは大きな波紋を呼んでいく。

人々はそんな私を"妖の巫女"とよんだ―――

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