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【コインランドリー】3. 巡る。  -全3編-


駅前をウロウロする僕はどの店に入ろうか悩んでいた。
なるべく10年後も潰れてなさそうな店を探す。
そんな店の選び方をしたのは初めてだ。
でも店がなくなっていたら僕は40才の僕と出会えないかもしれない。

いろいろ考えた結果、僕はそこそこ繁盛していて尚且チェーン店ではない、老舗風の居酒屋に決めた。
腰より低い真っ白な電飾看板に黒い筆文字で「呑処えん」と書いてあり、それをぐるっと囲うように丸が描かれている。
なんだかぴったりそうじゃないだろうかと思いながら、店の暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「えーと、1人なんですが...後から1名来るかもしれません。」
僕は、僕と10年後の僕のために2名席に案内してもらった。


飲み物と、適当に何品かつまみを注文する。
10年後の僕は果たして来るのだろうか。
さっき会った20才の僕は、自分の身にこんなことが起こってるなんて、まだ気づいていないわけだから何も話せなかったが、もし今日40才の僕に会えるんだとしたら、もう彼も10年毎に過去の自分と未来の自分に会えているこの不思議な現象を知っているはずだ。
一体どんな話をしよう、何を聞こう。
そわそわする心をつまみに、酒が進む。
それにしても、10年前の僕、なんだかやる気なかったなぁ。
大学時代ってあんな感じだっただろうか。
でも肌には艶があった。これが10年か...。


「やっぱり、いるのか...。そりゃそうか。そうだよな。」
しばらくして、後ろから聞き覚えのある声がした。
それは間違いなく僕の声だった。
振り向くとそこには、ちょっとびっくりするほど年を重ねた見た目の僕がいた。
老け込んだ、というよりもまるで覇気がない。これが10年後の僕...。
僕は少なからずショックを受けつつも、「待ってました。」と言って、自分の荷物を端に寄せた。
「いやぁ、来るべきかどうか、すごく悩んだよ。」
覇気のない僕は、なんだか申し訳無さそうに答える。
「来るか、悩んでたんですか?」
「いやだって、会ったらがっかりするんだろうなと思って。」
確かに、ちょっとがっかりしたのは事実だ。
「どうして、がっかりすると思ったんですか?」
「だって10年前、僕ががっかりしたから。老けたなって。」
「あ、そうか。」
僕と僕は思わず笑った。

二人で席につき、乾杯する。不思議な気持ちだ。
僕は、10年後の僕が本当に現れたことに興奮した。そしてその勢いのまま、早速彼にこの先の自分について色々聞いたのだが、彼は一切答えてくれなかった。
僕は最初こそ不満を漏らしたが、確かに、そのままその通りになるかはわからないけれど、聞いてしまったら僕もそれを選んでしまうような気もして、途中から聞くのをやめた。

なんとなく他愛のない話をして、それなりに盛り上がる。
好きな食べ物も笑いのツボも一緒で、ずっと昔から付き合ってきた親友のように馬が合った。僕なんだからそりゃそうだ。
でも、僕が頼んだ好物であるはずのカキフライに、彼は手をつけなかった。
僕は向こう十年で牡蠣にあたるのだろうか。はたまた年齢的に揚げ物が食べられなくなるんだろうか。
そんなことを考えてちょっと切なくなりながらも、いずれにせよこんな不思議な出来事はそうそう起こることではない。
僕は細かいことは気にせず、もうこの時間を楽しむことにした。


両親の話。転校生だった僕がこの街で親友ができた話。
就職をして最初の1 年とんでもないボロ家に住んでいた時の話。
高校時代の憧れの女の子の話。結婚まで考えて同棲していた彼女と28歳の時に別れてしまった話。
全く同じ時間を、同じ気持ちで過ごしたであろう僕たちはひたすらに「そうそう」と言って、楽しかったことも悲しかったことも含めて笑いあった。

ひとしきり盛り上がっていると、あっという間に閉店時間が来た。
老夫婦が営むこの店は、普通の店よりもちょっと早い閉店時間だったようだ。身支度をしながら、彼に聞く。

「そういえばじゃあ、あなたはこれから50才の僕に会うんですか?」
「どうだろうね。僕も未だにこの不思議な現象をよくわかってないし、全く同じことが起こっているのかもわからないからね。でも10年前にそれを聞いた時、40才の僕はここに来るまでは会ってないと言っていたし、実際僕も今日それらしい人には会ってない。君と別れた後、どこかに現れるのかな...。それか、実は今日既にすれ違ったりした誰かだったのかもしれない。もしそうだとしたら50才の僕はどうやら僕に身を明かす気はなかったってことだね。」

「なるほど...。あの、まさか、40代で死んでないですよね...。」

「ははは、いやぁどうだろうね。確かにそれもありえるけど、願わくばもうちょっと生きててほしいね。」
「いや、ほんとに。心配させるなよ50才の僕...。」
僕と40才の僕は、50才の僕の愚痴を言って笑った。

店を出た僕たちは、案外さっきの店で黙って僕たちのことをどこかの席で眺めてたかもねなんて未来の自分がどんな行動をするか話しながら、駅に向かった。


「じゃあ、今日は会えてよかったです。」
「こちらこそ、やっぱり来てよかったよ。ありがとう。」
「もしこれから50才の僕に会ったら...」

『長生きしろ!って伝えてください』

「でしょ?」
40才の僕がかぶせてきた。
最初はなんだかしけた感じのおっさんになったなと思ったが、話してるとなかなかコミカルで悪い奴じゃないじゃないか。ひいき目かもしれないが。


僕は僕と別れた後、1人電車に乗った。
こんな不思議なことがあるんだと思いながら、僕はやっぱり50才の僕が今日何をしているのか気になってしまった。
これから40才の僕は、50才の僕に会うのだろうか。
それとも彼の言っていた通り、50才の僕はなにか思うところがあって、40才の僕と会うことをやめたのだろうか。
先のことは考えてもよくわからなかったが、僕は10年後の、今日の僕との再会が楽しみになった。
40才の僕は行くか悩んだと言っていた。
これから考えが変わるのだろうか。


未来のことはわからない。
とりあえず、これからエイジングケアでも始めてみようか。
10年後も若々しくあろうと僕は誓った。
この時空がどんな風になっているのかはよくわからないが、そんなことは考えても仕方がない。そこを探ってしまうと、なんだかもう二度とこの体験ができなくなるような気もした。

それに、時代は進化している。
きっと僕は、10年前の僕よりも老けない方法を見つけられるはずだ。
未来で会う過去の僕を、今日みたいにがっかりさせたくない。
だって、あれは僕であり僕ではないのだから。
今を生きている僕は、誰でもないこの僕だ。
僕のこれからは、今の僕次第できっとどんな風にでも変えられるはずだ。
待ってろよ。過去の、そして未来の僕。

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