地元を愛することは、自分の人生を愛すること
見出し画像

地元を愛することは、自分の人生を愛すること

#この街がすき

今の私こそ、このタグで文章を書くのに相応しい人間はいないのではないか、そう思いながら書いてみます。

なぜなら私は昨年、今住んでいる街への「愛」をつづった本を出版したから。

そんな私から見た「この街・ナゴヤ」の魅力について書こうと思います。

画像8

大いなる田舎

私は現在、名古屋市在住。生まれたのも名古屋市近郊で、そこから近隣を引っ越しながら27歳まではナゴヤ(愛知県)を出たことがありませんでした。

※ここでは「名古屋=名古屋市」「ナゴヤ=愛知県(名古屋圏)」という統一認識で進めます

20代の頃、転勤族の奥様方からこんな話を聞いたことがあります。

転勤族にとって住みやすい街として有名なのが博多。
そして逆に住みにくい街筆頭がナゴヤなのだそうで。

これはその奥様方の意見というよりは、商売する人などにも共通した「ナゴヤに対する一般的な認識」なのだそうです。

よく言われる「大いなる田舎」というのは、これほどの大都市でありながら、排他的な気風を田舎になぞらえたもの。そしてそれは残念ながら当たっている!

27歳まで名古屋に住んでいた私ですら、15年近く県外で過ごして42歳でUターンした時には「地元民」として扱ってはもらえなかったことからも、ナゴヤの閉鎖的な空気がわかります。

20~30代を県外で過ごした人間など完全な部外者、特に質の悪い東京かぶれした「よそ者」だとしか思われなかったのです。

それはもう仕方がありません。
「東京かぶれ」ではなく、私は本当に東京が好きです。
「ナゴヤ愛」を書いたからと言って「東京嫌い」になるはずもなく。だって今も大好きな人たちが住む大切な街であることには変わりがないのだから。

画像7

正直言えば、ナゴヤから離れて最初に2年住んだ関西も、そこからさらに引っ越して15年近く暮らした東京も、私のような我が強い人間には、ナゴヤよりはるかに住みやすかったのです。事情でUターンしたものの、時期が来ればいつかは東京に「帰りたい」とずうっと私は思っていたのです。

当時、そんな「アンチ名古屋」は珍しくなかったのです。数年前までは、周りにも「ナゴヤなんて好きじゃない」と憚ることなく言う人が多かったように思います。特にモノを作る人や個性を大切にする人には、どうしてもつまらない、どこか物足りない街だと映ってしまう。

そんな私がなぜ「ナゴヤ本」を出そうと思ったのか?


ただ、あなたが知らないだけ

端的に言えば「気づいてしまったから」なのです。ナゴヤの魅力に。

よく「ナゴヤには何もない」と言う人がいるけれど、何を基準にそう言うのか不思議なのです。「何もない」のではなく「あなたが知らないだけだ」と言いたい。そしてこの言葉は、数年前の自分にそっくり言ってやりたい言葉でもあります。

ここで数年前にある知人から聞いたエピソードをご紹介します。

現在東京在住で、都内での展示仲間であるイラストレーターMさんは、ナゴヤに一時期住んでいたことがあるそうで、ニコニコと「本当にいいところだった」といいます。

前述の転勤族妻のエピソードだけでなく、他県の人でナゴヤに住んで「いいところだった」と言った人に会ったのは初めてでした。私は一瞬言葉を失っていたに違いありません。リップサービスじゃないよね?

画像7

Mさんは、すでにかなりベテランのイラストレーターにもかかわらず、ナゴヤで周りに溶け込むために、積極的に子どもの学校の役員に立候補し、必要な書類などにせっせとイラストを描いたのだそうです。(それには私だけでなく周りもみんな「えっ!」と声を上げていました。)

その頑張りが功を奏して、Mさんはナゴヤですっかり周りに溶け込み、楽しい数年間を過ごしたのだから、ご本人的には結果オーライなのでしょう。
逆にそれくらい先に自分を投げ出して「奉仕する」精神でないと、ナゴヤには溶け込めないのです。

でも、ふと感じました。

ナゴヤという街は確かに入り込むまでは時間がかかるかもしれません。
けれど一度入り込んだら、とことん「仲間」として遇されます。
そんな場所が他にあるでしょうか?
しかも人口200万人を超える政令指定都市・名古屋市を擁する(一応)大都会であるというのに。


歴史・文化・産業・すべてにおいて魅力がある


もともとナゴヤのことを書き始めたのは、ずいぶん昔のこと。
きっかけは、関東に住んでいた2003年ごろに始めたブログでした。

当時私は、ブログでひよこの漫画や名古屋弁や名古屋めしについて書き殴っていました。帰省した後に気軽に書いた名古屋ネタに知らない人からコメントが付いて盛り上がったことから、「名古屋ネタ」は私のブログのキラーコンテンツとなったのです。

その名古屋めしの記事にコメントをくれたことで仲良くなった三河在住の人とは、ナゴヤにUターン後ちょくちょく会うようになり、今では親戚のように濃いお付き合いをしているのだから、縁というのは不思議ですよね。
(実は本書『ナゴヤ愛』「豊川稲荷」の項に登場する”友人”とは彼のこと)

画像9

その後イラストの仕事をはじめ、「いつかナゴヤ本を出したい」という目標ができて、せっせとデータ収集をするようになりました。そこで、トヨタをはじめとする工業のまちだと思っていたナゴヤの新たな魅力をどんどん発見していくこととなるのです。

詳細は本書に書かれているので割愛しますが、結論として私は
「ナゴヤは近隣の県と仲が悪くなっても鎖国できる、いや、独立できる!」
と考えるようになりました。

それはそのまま本になり。。。こんなこと書いて馬鹿にされるのではないか。。。とドキドキしましたが、どうにか受け入れられているようで、ホッとしています。

画像7

産業の次には文化
古いものから新しいものまで、ナゴヤを発祥とするもののいかに多いことか。いわゆる伝統芸能・伝統工芸だけでなく、クールジャパンと呼ばれる文化にもナゴヤは大いに関わっているのですよ!

この辺りは「会話でちょっと自慢できる」雑学としても楽しめるように、私自身も楽しんで書きました。

画像6

そして歴史
これはいうまでもないだろうと思っていたけれど、意外にも認識が薄いようなので書きますが、ナゴヤは三英傑(さんえいけつ)生誕の地なのです。

この三英傑という言葉、全国的にはあまり使わないようですが、ご当地ナゴヤではメジャーな言葉。天下統一を果たした3人の地元の戦国大名を指します。つまり織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人のこと。

大事なことなのでもう一回書きますが、ナゴヤは三英傑織田信長・豊臣秀吉・徳川家康生誕の地です。

戦国時代に活躍した大名が多かったということは、それだけ合戦の舞台や立派な城が多かったということ。そうした意味でナゴヤは歴史のロマンを味わう舞台に事欠かないというわけです。

全国の武将隊ブームに先駆けて「名古屋おもてなし武将隊」があれだけの人気を博したのは、誰もが知る名高い武将を3人も輩出している都市が他にないから。もちろん、他にも前田利家加藤清正など、ナゴヤは三英傑以外にも大勢の人気武将の生誕地でもあるのです。

ここまで読んだところで「お?ナゴヤ、もしかして結構すごい?」と思ったのではありませんか?

でも私の考えるナゴヤのスゴイ魅力とは、決してデータ的に「スゴイ」という話ではないのです。


今のナゴヤをつくる人たち


今まで挙げたのはあくまでも過去のナゴヤの話や、現代のナゴヤの1つの側面です。今のナゴヤには過去のナゴヤにはない大いなる魅力があります。

それは、今のナゴヤを盛り上げようと頑張る人たちの姿です。

端を発するのは、2016年に名古屋市が調査した「都市ブランドイメージ調査」の結果、なんと調査した名古屋市自身が「魅力ない都市」ワースト1に選ばれてしまったこと。

本にも書きましたが、闘った相手が悪すぎます。東京や札幌や京都や横浜と「観光」をテーマに争ったところで勝てるわけがないでしょう。

いや実際には、まだまだナゴヤには掘り起こせば光る未知数の資源があるわけですが、2016年当時のナゴヤには、それをうまく発信できていませんでした。

現状のナゴヤが勝負を挑むなら「暮らしやすさ」一本勝負しかありません。


そしてこの調査が行われるずっと前から、「ナゴヤを盛り上げよう」「ナゴヤの面白さに気付いてもらおう」と頑張る人たちが大勢いました。

ナゴヤの本を出したいと考えていた私が、最終的に「ナゴヤ愛」という企画に落とし込むことができたのは、彼らの存在があったから。

画像6

「街」というふわっとして実体のないものを、いかに「面白く」「魅力的」にするかどうかというのは「住む人」にかかっています。

ナゴヤの人たちが、ナゴヤを盛り上げよう、ナゴヤで頑張る人を応援しようと「頑張る」姿はキラキラと魅力的です。

そんな魅力的な人たちの住む街が、魅力がないはずがない
そう思いませんか?


ナゴヤの魅力は「住んでみて初めて」気づくことが多いのです。

けれどそれを「当たり前」だと思い込んで、面白いと「気づく」ことができなければ、地元民であっても本当の「ナゴヤの魅力」に気付くことは難しいでしょう。


「地元愛」は「自分の人生を愛すること」から始まる

最後に、帯に言葉をいただいたライターの大竹敏之さんのおっしゃった言葉をご紹介して占めることにします。

大竹さんはAll Aboutの名古屋ガイドも務め、様々なメディアに登場する「現代ナゴヤの生き字引」のような方。

大竹さんは、誰も「ナゴヤの魅力」に気付いてなかったころから、「ナゴヤ」をコンテンツとして発信してきた立役者です。大竹さんがいなかったら、ナゴヤの観光の在り方も大きく変わっていたでしょう。

大竹さんは帯にもあるように「ナゴヤの街に出れば面白いことなんていくらでも転がってるよ」とおっしゃり、さらに

自分の地元を愛せないのは、自分の生活が充実してないからだよ。毎日充実してたら、自分の周りにいる人や街を好きになれるはずだよ」
とおっしゃったのです。

大竹さん自身が、若いころは地元が好きではなかったとおっしゃるだけに、その言葉は深く、重みがありました。

そうだ、街を盛り上げようと頑張ってる人は皆充実している。そして自分の街だけでなく、自分の人生を精いっぱい愛しているのだろう。
そう感じました。

画像10

「自分の住む街を好きになれない」って悲しいことです。
今もしも「住んでいる街が好きじゃない」と思う人も、視点を変えて見てみませんか?

大好きな人が住む街なら、それだけで素晴らしい場所です。

私の住む街では、マンションの4階から広々とした空が見渡せ、美しい夕焼けが毎日楽しめます。東京だったら20階でも難しいかもしれませんし、そんなところに住めない(笑)

そんなとっておきの景色が、きっとあなたの街にもあるはず。そんな景色を見つけるたびに、きっと街を好きになれると思うのです。

画像6

「住んでうれしい」「来て楽しい」地元民も知らない「ナゴヤの魅力」を余すことなく伝えようと奮闘しました。写真イラストや漫画も満載!

本の共著者でカメラマンの宮田雄平の「#この街が好き」


画像1








この記事が参加している募集

私の仕事

この街がすき

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
陽菜ひよ子 / イラストレーター・取材&コラム二スト

もし、この記事を読んで「面白い」「役に立った」と感じたら、ぜひサポートをお願い致します。頂いたご支援は、今後もこのような記事を書くために、大切に使わせていただきます。

スキありがとうございます♡
著書「ナゴヤ愛 」(秀和システム)好評発売中。2006年ダイヤモンド社・2015年PHPより出版。中日新聞広報誌にて取材+コラム連載中。代表的なイラストのお仕事はNHK Eテレ「すイエんサー」。インタビューとひよことプリンとネコが好き。http://www.hiyoko.tv/