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「おちょやん」は全てのエンタメを愛する人に捧げられた物語

朝が苦手な私の生活に、今まで「朝ドラ」の入り込むスキマはなかった。

それなのに、半世紀生きて来て始めて朝ドラを通しで見た。そしてはまった。それがこの「おちょやん」である。

最終回まで終わって、考えるほどに、自分がこのドラマにはまったわけがわかってきた。

重いテーマを見続けた先に訪れるカタルシス

このドラマは重いテーマを重いまま描き切った末に、圧倒的な多幸感に包まれて終わった。ほかを見ていないのに偉そうに言えないが、傑作だと思う。

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河内の貧しい養鶏家に生まれ、わずか9歳で大阪・道頓堀の芝居茶屋「岡安」に奉公に出た少女=千代ちゃんが、数々の苦難や不幸を乗り越え「大阪のお母さん」と呼ばれる名女優になるまで、が描かれる。

岡安での奉公が終わると、外道過ぎる父親に今度は遊郭に身売りされそうになり、京都に逃げたことがきっかけで、女優としての足掛かりをつかむのだから、何が幸いするかはわからない。

数年後道頓堀に戻った千代ちゃんは、すでに立派な女優となっていた。

しかし千代ちゃんは一度ならず二度も、道頓堀から逃げ出す。二度目はまさかの夫の裏切りに遭い、芝居を続けられなくなるのだ。

親に捨てられ、夫に裏切られ、家庭運には恵まれなかった千代ちゃんが、最終的に幸せを見つけるラストに、じわじわと幸福感に包まれた人は、多いのではないだろうか。


千代ちゃん流・しあわせのつかみ方


千代ちゃんはいつも、最初から受け入れられるわけじゃない。

岡安だって一度はクビになったし、京都のカフェー「キネマ」でも、山村千鳥さんにも、千鳥さんの紹介で入った鶴亀撮影所の大部屋でも鶴亀家庭劇でも、最初はいじめられたりしごかれたり。

でもみんな、いつのまにか千代ちゃんの味方になっていく。

帰る場所のない千代ちゃんにとって、岡安は「実家」になった。

千代ちゃん自身は、その場その場の自分の想いに忠実に生きているだけ。やさしいけど、決して人がいいだけじゃない。負けん気が強く、鶴亀の大山社長にタンカ切ったりすることすらある。

そんなまっすぐなパワーで、千代ちゃんは、どん底からでも自らの道を切り開いていくのだ。

今のこのしんどい時代に、千代ちゃんの姿から力をもらった人が、どれだけいただろう、と思う。


新しい家族のカタチ


千代ちゃんは、幼馴染でもあり、さり気なく千代ちゃんをずーっと見守って来た一平(二代目天海天海)と結ばれる。

早くに母親を失い、父親に複雑な思いを抱く点で二人はよく似ている。千代ちゃんは、魂のレベルでの素晴らしいパートナーを得たように見えた。

でも、この話はそこで終わらない。千代ちゃんは40代にして、絶望のどん底に叩き落されるのだ。

運命の相手・一平が劇団の女性・灯子と不倫し、子どもまで作ってしまう。ふたりが離婚を決める場面は、思い出すだけで涙がこぼれる。

一平との間に子ができないことは、それまでにもたびたび話題になった。戦争もあったし劇団を支えるのに必死で、子どもどころではなかった。千代ちゃんは天海家に押し寄せる劇団員の面倒ばかり見て、劇団の「お母さん」になってしまっていたのだ。

ようやく劇団が安定した今、40代の自分には難しい子どもを持つという事。そのどうしてもかなわないことを理由に、自分は一平を失うのか。

ずっとひとりぼっちだった自分に「ひとりじゃない」と言ってくれたのは、ほかならぬ一平だったのに。その一平は自分をひとりにするのか。

千代ちゃんの絶望が胸に突き刺さった。ここまで来ても千代ちゃんは幸せになれないのか、と。

離婚はしても、劇団は辞めないと決めた千代ちゃんだけど、千秋楽の舞台で泣いてセリフをつまらせてしまう。そしてその夜限り道頓堀から、忽然と姿を消す。


行き場のないちよちゃんを救ったのは、30年以上前にちよちゃんを家から追い出した継母・栗子さんだった。ここから千代ちゃんは、栗子さんとその孫で千代ちゃんにとっては姪の春子ちゃんと、新しい家族を作り上げていく。


戦争中の運命的出会いと再会

戦争の場面では、今の時期に考えさせられる描写もあった。

農家に野菜を買い出しに行き「役者なんてやってないで、少しは人の役に立つことしいや」と言われて、思わず千代ちゃんが悩むという図式。このコロナ禍でも同じな気がする。

生活の糧をつくる人だけが、人の役に立っているのだろうか?

不要不急だ、必須でないと言われて切られたものが、どれほど生活を潤わせるか。

そこはエンタメをつくる放送局らしく、その疑問に対する答えを感じさせる場面が挿入される。

空襲で逃げ込んだ防空壕の中、不安や狭さで殺伐とする中で、千代ちゃんとたまたま居合わせた男性との掛け合いで場が和むというもの。

このシーンを見た人は実感したはずだ。辛い時こそ、笑いで場が和むことで救われる。笑いはやっぱり大事だ、と。

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千代ちゃんが栗子さんたちと暮らし始めて一年後に舞い込んだ、ラジオドラマ『お父さんはお人好し』出演の話。

主演の花車当郎は、前述の戦争中に防空壕でちよちゃんと掛け合いをした男性。千代ちゃんのことをずっと忘れられず、自分の相手役に抜擢するのだ。

ドラマは大ヒットし、千代ちゃんは街を歩いていても「お母さん」と呼ばれるようになる。ラジオドラマの中にも、千代ちゃんの家族ができていく。


絶望の先に見えた幸せ

幸せのカタチってこれ、と決まったものではない、と思う。結婚してる、子供がいるいない、お金のあるなしで、幸せかどうかが決まるわけではない。

言えるのは、ありのままの自分を愛してくれる人がいれば、人は幸せだと思えるのではないかということ。


千代ちゃんには「紫のバラの人」ならぬ「花籠の人」がいた。鶴亀撮影所で映画出演するようになった頃から、花籠を贈り続けてくれる人。実は「花籠の人」は、他でもない栗子さんだったのだ。

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ずっと千代ちゃんのファンだったという栗子さん。

「あてはあんたの芝居が大好きや。けど、あんたが芝居辞めたんならそれでもええと思った。

あんたがいてくれるだけでええねん。

芝居しててもしてなくても、あんたはあんたや」

このセリフ、鳥肌が立った。

これこそ、ずっと千代ちゃんが誰かに言ってほしかったこと。

本来、親からただ愛されるだけでいいはずの9歳の頃に、すでに主婦や母親のような役割を与えられた千代ちゃん。

幼くして役割を持ち、大人にならざるを得なかった少女は、大人になっても役割を探してしまう。

「立派なおちょやん」「物わかりのいい妻」「使い勝手のいい女優」でないと、認めてもらえない、そのままの自分には価値がない、と思ってしまうのだ。

劇団の「お母さん」になることで存在価値を見出してきた千代ちゃんは、一平の裏切りですべてを否定された。

かつて千代ちゃんのすべてを否定した栗子さんに「存在を肯定」されることで、千代ちゃんはようやく救われたのだ、と思う。


許すことで自分が救われる


このドラマは、千代ちゃんが何度も裏切られて、それでも「許す」というシーンの連続だ。

父テルヲの悪行との闘いと最終的に許すかどうかで苦悩する場面は、ドラマ序盤から中盤の見どころともいえる。

あんなに会いたかった弟・ヨシヲからも、我が子のようにかわいがる寛治からも、どんなに裏切られても、千代ちゃんは許す。

一平も一平を奪った灯子のことも、9歳の自分を追い出した栗子さんのことさえも、千代ちゃんは許したのだ。

もちろん葛藤もある。どんなに裏切られても、憎み切れない割り切れない想いがあることを、このドラマはじっくりを描いて見せた。

許すことで前を向ける、自分自身が救われるのだという事を、このドラマは教えてくれているような気がする。


人生はホンマに面白い

フィナーレで千代ちゃんは、家庭劇に一度だけ出演する。

演目は2年前に泣いてセリフをつまらせた「お家はんと直どん」。

かつて駆け落ちしようと思った男女が別々の道を歩み、年取って再会するところが二人の見せ場。

そこに、今までにはなかったセリフを付け加える千代ちゃんと一平。

「もしもあのまま一緒になっていたらどうなってたでしょうか」
「そんなことは考えても仕方のないことだ」
「そうですね。あのまま一緒にいたら、大事な人たち(栗子さんや当郎さんたち)と出会うことはなかったでしょうね。可愛い我が子(春子ちゃん)とも会えなかった」

そうなのだ。

もしもあのまま千代ちゃんが栗子さんたちと暮らすことがなければ、栗子さん亡き後、千代ちゃんは姪の存在を知ることもなく、春子ちゃんは天涯孤独の身の上になっていた。

一平との別れはこのためだったのか?これはなるべくしてなった運命なのか?とも思えてくる。

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春子ちゃんの将来の夢は、産んでくれたお母さんと同じ「看護婦さん」。ラスト近くで春子ちゃんは千代ちゃんに言う。「うちもお母ちゃん(千代のこと)みたいに、たくさんの人を元気にするんや」と。

このセリフはかつて「役者なんて人の役に立たないこと」と農家の人に言わせたことへのアンチテーゼとしての役割を担っている。

看護婦のような「役に立つ仕事の代表」と役者を同列に並べて「人を元気にする=役に立つ」仕事だと言っているのだ。

確かに芝居や笑いではお腹は膨れないし病気も治らない。けれど、時に薬以上に人を元気にし、食べ物以上に心をいっぱいに満たすのが、エンタメというもの。

どんなにどん底でも、千代ちゃんは芝居を見て演じることで救われてきた。そんなエンタメが、人の役に立たないはずがない。

今はエンタメの世界に生きる人・エンタメを愛する人にとっては試練の時代である。「おちょやん」は、そんな「今を生きる人々」にエールを送る物語。そんな風に思えてならないのだ。


(画像はNHKのTwitterからお借りしました)



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