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緘黙の子とした交換日記

 週1回利用する女の子がいた。
Mちゃん。
利用し始めはムスッと怒った表情で誰とも話さない、誰とも関わらない子だった。関わりが持てないために連絡ノートを描くのも大変で、子どもたちも最初はあまり近づかなかった。
 返事を求めず一方的に話していると徐々に慣れて、首を縦や横に振るようなった。半年くらいして気づくと笑顔も普通に見られていた。

 1年ほど経って、「交換日記してみない?」と私が声をかけた。ねらいは表情や反応を気にせずにやりとりができるため。感情を文字にして書けるようになったら、楽しめるかもしれないという淡い期待も込めた。
今日はこんなことがあった、こんな気持ちになった、これが今好きなもの。そんな内容を書いて渡した。次の利用日に書かなくてもいいけど、持ってきてとだけ伝えた。知的な発達が緩やかだったので、書くのも読んで意味を考えるのも時間がかかるだろうと思った。

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 翌週、ノートが返ってきた。表情はいつも通りのちょっとムスっ。期待しているのがバレないようにいないときに確認しようとその場では見なかった。

 デイの1日が終わり、職員でノートを見ると返事が書いてあった。みんな大喜び。内容は今週の出来事、好きなものが3行ほど書いてあった。なんと!かわいいシールまで貼って。友だちと手紙の交換とかしたことがあるような雰囲気があったので、それも含めて嬉しかった。

 交換日記は毎週交換された。自分の方が話題が無いと焦るほど、Mちゃんは先輩とアニメイトへ行くことやアイドルの話を教えてくれた。文章自体は5行ほどだが嬉しさが感じられる文章だった。
先生と子どもという関係をもう少し縮めたくて、「Mって呼んでいい?」と交換ノートに書くとOKがもらえた。(※事前に親に許可は取りました)

 交換ノートだけではなく、利用中も質問してきたり、周りの子どもたちとも仲を深めてもう1人の先生のようになっていた。聞くと、将来保育士になりたいと言っていた。デイの子たちは個性的で変な空気を作る子もいるのだが、そういう時はMとよく目が合って二人で吹き出して笑った。
 今まで反応しなかっただけで、感じ取ることはしていたのだ。誰かが危ないことをしそうになると手を伸ばしたり、「〇〇ちゃん!」と呼ぶようになって、嫌な時に「やめて」ということもできた。

 Mは知的な発達を調べる前に学校でいじめられ、問題をMのせいにされたという経験があったようだ。勉強もついていけず、心がボロボロになったところで知的な発達に遅れがあると直接言われ、急な転校までした。
 そしてデイは自分で通いたかったわけでもなく、通わされているという思いがあったため ムスっとしていたことが後から分かった。

 交換ノートは2冊目に突入した。中学の先生が厳しく、作業や体力づくりがプレッシャーになったのか 熱で休んだり疲れを訴えて休むこともあった。それでも来るときは毎回ノートを持ってきてくれる。よく遊びに行った先輩が勉強に励むようになったのか、遊びの話題も減っていた。M自身も進路を明確にするように言われ、家庭では反抗が強くなっていた。

 デイでは周りの子どもたちに求められるため、嫌なことを考える暇もなかったのかもしれない。体力づくりのために出されている腹筋・背筋などの宿題もデイでみんなでやると、楽しんで行っていた。

 交換ノートでは進路のことなどにはあまり触れずに、いつも通りのやり取りを続けた。AKBのたかみなが好き、ラブライブが好き、Hey!Say!Jumpが好きと好きなものも増え、自分で髪をかわいく結ぶようにもなった。中学生用の雑誌をデイにおいて、女性職員とファッションの話やアイドルの話をする時間も設けていくと いつも通り口数は少ないものの笑って楽しそうにしていた。

 Mは音声を処理することも難しかった。言葉を聞いて、理解するのにすごく時間がかかるのでフリーズしてしまい、返事ができないという困り感があった。それに気づかないと どんどん情報だけを流して、本人を置いてけぼりにしてしまうのだ。結果的に彼女は緘黙ではなかったように思う。緘黙にさせていたのかもしれない。
 心を通わせるのに言葉だけでなくて、心が通っているなと思ってもらえるようなやりとりが大切なんだとMから学んだ。いくら大人があーしなさいとか こーしなさいとか言っても、心が通わなければ意味がない。Mも私たちを信頼してくれたし、私たちもMを信頼した。

 デイとして何かできるようにさせた、とも思わない。療育に通ったという感覚も本人は全くなかっただろう。教育的でなくても、治療的でなくても、養護的でなくてもいいんだなと交換ノートが思わせてくれた。
 時として発達に遅れを感じたときに、必要以上に求めてしまい、子どもと同じ目線に立てなくなることがある。一緒に楽しむことが基本で、楽しむことから起こる影響は後からついてくる。目的は一緒に楽しむことだ。楽しませることになったら終わりだ。
 

お掃除係の実習を体験した保育士さん、きちんとした指導・教育を受けられずも頑張る支援者さん…など現場に困り感を持っている方へサポートすることで、子どもたちに還元されるものがあるのではと信じています。よろしくお願いします。