姫城

愛媛県在住。ただいま絶賛俳句修行中です。 映画、小説、観るのも読むのも書くのも好きです。映画は邦画、70年代くらいまでの東映作品が特に好きという、周囲に共感してくれる人のいない日々・・・・・・をぶちまけます。たぶん。きっと・・・・・・。 よろしくお願いします。

姫城

愛媛県在住。ただいま絶賛俳句修行中です。 映画、小説、観るのも読むのも書くのも好きです。映画は邦画、70年代くらいまでの東映作品が特に好きという、周囲に共感してくれる人のいない日々・・・・・・をぶちまけます。たぶん。きっと・・・・・・。 よろしくお願いします。

    最近の記事

    『孤独のグルメ』原作者が語る一人メシ論 「ネットの評価より自分の好み」/1月18日GLOBE+(聞き手:玉川透)

     つい先日「孤独のグルメ」のドラマ版を全てネット配信で見た。その影響を受け、お好み焼き屋で井之頭五郎と同じように前菜的なものから注文、そしてメインのお好み焼きを頼んだはいいが、お腹がはちきれそうになってしまった。  ただ五郎と私、同じ孤独のグルメでも大きな違いが一つある。それは「口コミ」。ドラマを見ていて、なぜネットで検索しないのだろうか?との疑問があった。その方が手っ取り早いし、初めての店に対する不安の減少にもなる。だが五郎は自らの野性の勘とでもいうのか、自らの嗅覚でその

      • 「経験なく伝えていいのか」震災25年、悩む若手教職員 知らない世代が多数に/兵庫・丹波篠山市、丹波市/1月16日丹波新聞

         阪神・淡路大震災の発生から25年。丹波新聞の記事によると、県内の公立、私立の小中学校には約2万9000人の教職員がおり、震災発生時の1995年以降に大学を卒業した教職員の割合は、全教職員に対して半数以上になっているという。  つまり、「幼くて記憶にない」「まだ生まれていない」という教職員が多数派になっており、「自分が知らないことを伝えられているのか」「リアルさに欠ける授業をしているのでは」といった声が上がっている。  同じように思うものに「戦争」がある。例えば私が戦争映画

        • 『死国』(1999)怖くて観てないけど、きっと、だけど、違うよね。

           坂東眞砂子の小説を映画化。一言であらすじを言うと「四国88か所の遍路を逆に回る(逆打ち)と死者が蘇るというホラー」で、キャッチコピーは「この世で一番死に近い場所」「逆打ちーそれは、死者を蘇らせる禁断の儀式」とまあ、いかにもホラーなコピー。  でも、ちょっと待ってほしい。逆打ちが何かいけないようなものに思っていませんか?実は私、そう思ってました。絶対にやっちゃいけないと誓っていました。でもどうやら違うんです。  お遍路のまわり方は「順打ち」「逆打ち」「乱れ打ち」の三種類あっ

          • アバター誘拐される

            バ美肉おじさんである私のアバター、「美登利」が誘拐された。美登利は動画サイトを使って、視聴者に身代金を要求する。アバターの機材一式を盗んだ犯人たちの仕業なのだが、中身は別人の美登利に身代金を払うのか。

            上原正三さん死去。『帰ってきたウルトラマン』で差別問題を扱った脚本家が遺したメッセージとは?/1月9日ハフポスト日本版(著者:安藤健二)

            ウルトラマンをはじめ、特撮の脚本家として知られる上原正三さんが1月2日肝臓がんで死去した。82歳。 タイトルにある差別問題とは、帰ってきたウルトラマン第33話「怪獣使いと少年」のこと。上原さんがどんな思いだったのか探ってみたい。 宇宙人だと言われていた少年は、大人から無視され、年上の子供からは壮絶ないじめにあっていた。彼は中年男性を匿っており、この男こそがメイツ星人だった。そんな事情を知らない大人は集団で少年を襲いに来る。 全く救いようのない展開。子供番組であるのに、癒

            『ゴジラvsビオランテ』(1989)ゴジラには何をやらせるべきなのか

            『ゴジラ対ヘドラ』(1971)が好きだが、一般的には今作が一番とか。 初代『ゴジラ』(1954)では芹沢博士がオキシジェン・デストロイヤーを発見し、今作で白神博士が抗核エネルギーバクテリアをつくったとき、 「核が最終兵器でなくなる」 これは日本ならではの発想で、各国が製作するSF映画は、製作国のお国事情が分かるようになっている。日本が製作するSF(特撮)映画はズバリ「核」 日本に来た宇宙人は、核を持たない日本人に「核をなんとかしてほしい」と言う。それは「唯一の被爆国の

            1/4 朝日新聞、天声人語

            俳句を詠む人工知能「AI一茶くん」ここ最近、彼が作る俳句が話題となっている。江戸時代から現代までの名句や、季語にちなんだ写真を彼に覚えこませ、句題や写真を示すと、それに即した俳句を詠むことができるらしい。 実際に俳句を作る様子を見たことはないのだが、俳句を嗜むものとしては、否定的な見解になってしまう。というのも、まるでスロットのようにボタンを押せば、上五、中七、下五それぞれ言葉がでてきて、たまたまいい組み合わせができただけのことではないのだろうか。 そこで思ったのが、自身

            『富士山頂』(1970)

             記録映画である。  特に大げさな演出やドラマがあるわけでもない。勿論、自然が相手であるから、簡単には事が進まないのだけれど、強調したりあおったりせずに、淡々と進行していく。そこがまた記録映画のように思えるのだ。 「台風の砦を富士山頂につくる」  これまで台風の接近は5時間前にしか分からなかったのだが、富士山の山頂に測候所を設置することで、20時間前に分かるようになる。 石原裕次郎。  今作は、黒部ダム完成までを描いた『黒部の太陽』、サファリラリーを描いた『栄光への

            「夏井いつき 俳句の種をまく」(12月30日、NHK)を見て

            俳人の夏井いつきさんは、俳句に対してこんなことを言っている。 「悲しみの底なし沼の中に,、自分を置かないための杖である」 「杖」とは、歩行の助けとするために用いられるもの。では、俳句における杖とはどういったものなのだろうか。番組で紹介された句を見て考えてみたい。 露草やかなしみにくじけるこころ  夏井いつき 季語=露草(三秋) 道端や庭先、どこにでも見かける普通の花。今日もいつものように咲いている。だけれども今日の私は、昨日の私とは違う。悲しみに押しつぶされそうになっ

            俳句界の新潮流、「アウトロー俳句」がはみ出し者を救う/11月11日ハーバー・ビジネス・オンライン(筆者=櫻井れき 北村土龍)

            駐車場雪に土下座の跡残る  これは、屍派家元の北大路翼氏が詠んだ俳句。 「教養は不要。俳句は誰でも詠める」  確かにその通りだと思う。だが、声高にこう言うと眉を顰める人たちもいると聞く。「俳句とは高尚なもの。誰でも気軽にできるものではない」と。そういった人たちにとっては、「死にたい」や「殺したい」といった言葉を俳句にするのはもってのほか。  俳句とは世界で一番短い文学である。基本的に17音しかないものをどう料理するのかが俳句の面白さではあるのだが、俳句を「詠む」ことより