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束の間の明るさ/もちはこび短歌(12)

文・写真●小野田光

【初出:「かばん」2018年9月号「今月の歌」に加筆】

 明るい短歌が好きだ。1920~30年代のモダニズム短歌には、大正デモクラシーの余波を受けて、日本にリベラルな明るさが残っていた頃の世相がにじみ出ているように感じる。時は戦間期。束の間の陽光の美しさを、その後の歴史を知る現代の我々はどう感じればいいのか。そして、今日は戦後なのか、それともモダニズム短歌の時代同様に戦前なのか。胸が苦しくなる。



ラグビィの縞蜂のシヤツ着たわれはすてきな手紙書き送りゐる
石川信雄『シネマ』(茜書房、1936年)

 モダニズム短歌の歌人では、石川信雄に惹かれる。モダニズム歌人とか、新芸術派歌人とか、石川に冠されるジャンル的呼称はいくつかあるが、私は《ポエジイタンキスト》という呼び名が好きだ。昭和初期における短歌のモダニズム摂取にあって、欧州文化への憧憬と日本古来の韻律との融合が表れた妙な和製英語。石川のお洒落な歌に合う。
 掲出歌は、黄と黒の横縞柄の「ラグビィ」の「シヤツ」を「着」て「手紙を書」いているだけの歌だが、この取り合わせに《ポエジイ》がある。この歌は、第一歌集刊行の五年程前の1930年頃に作られているが、ラグビーというスポーツが日本で普及し始めたのは20世紀初頭なので、当時、ラガーシャツは欧州由来のかなり新しいファッションだったと言える。カジュアルな舶来スタイルで、「すてきな手紙」を書く。この「すてきな」がいい。ストレートに表現することによりそれ以上の実感を浮き上がらせる芸当は、石川の歌の特徴でもある。実にすてき。実にお洒落。
 この歌が収められている石川の第一歌集『シネマ』は、当時新しい文化だった映画をタイトルにしていることでもわかるように、新しい時代を切り拓いていく明るさが随所に感じられる。学生の間で広まりつつあったラクビーを題材としたのも、その一例だろう。
 しかし、『シネマ』には、決してモダニズム特有の明るさだけではなく、石川の心の影を感じる《ポエジイ》も随所に置かれている。

今日われはまはだかで電車にのりてゐき誰知るものもなく降りて来ぬ
シネマ・ハウスの闇でくらした千日のわれの眼を見た人つひになき
戦ひのほかにたのしさも今はなく手のとどく木木の枝を折り取る

 特に三首目は、戦争に対する時代の空気すら感じる。『シネマ』刊行の翌年、盧溝橋事件が勃発。日本は破滅へと向かっていく。そして、敗戦後、モダニズム短歌の脈流から前衛短歌という新しい《ポエジイ》が生まれていくことになる。

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