見出し画像

年末のひとりごと

年末のもうすぐ終わる感が好き。日付が変わる瞬間に今年のすべてが終わって新しい年が始まるその瞬間も好き。あまりにも不思議で好き。時というものの区切りを重視しない生き物にとっては何も変わらない1日なのに、そこが不思議で面白くて好き。

心の大掃除をしなくても良いように普段からこまめに掃除をしてるつもりだけど、それでもいつの間にかつもりに積もったりしてるからここぞというときにはやはり心の大掃除も必要かも。

心の中のゴミもちゃんと捨てていかないといつの間にかたまりにたまって腐ってしまうので 気づいたら気軽にぽいぽいっとしようね、ぽいぽいっ

傷口って治りかけてくると痒くなるんだけど、心もそうなのかな?昔々辛かった時期に心が疼いたり痒くなったりしていたのはもしかしてその頃もう治りかけだったのかな

秋の光は当たったものを発光させるけど冬の光は透き通らせるよね、どっちも綺麗

「どんなに暗闇の中にいても、いつの間にか自分の中から輝きが溢れだして止まらず いつの間にか暗闇ではなくなっている。そしてその光が眩しくて目を瞑ってしまい、また暗闇に戻ってしまう。その繰り返しばかりしてる。だから目をすこし細めているくらいがちょうど良いのかもしれない」

心の窓は開けっ放しにしてるといらないものまでどんどん入ってきちゃうし、締め切ってるとジメジメしてしまうからバランスよく開け閉めした方がよいな。自分にとってのバランス。

「空から白い天使が沢山降ってきて地上に白い世界を築いていくの。でも時が経てばすぐに消えてしまう。だからその白さを目に焼き付けてその清浄さを胸いっぱいにすいこむの。そうすると自分の中が真っ白になっていける気がするから。真っ白でいられる気がするから。」

握りしめるものも抱き締めるものも背負うものも必要なものだけで良いな、何が必要かは掴んでみないとわからなかったりもするけど わかったらいらないものは手放して良いな、もったいないとかの理由でただ抱えておくだけにはしたくないし必要なもののためのスペースを空けておきたいから

言葉が心の中に水面のように広がるとき、それは言葉に乗せられた相手の感情が心の中に広がっているのかもしれないね

愛も憎しみも悲しみも嬉しさも形がなくて 世の中には目に見えないものばかりだから言葉は生まれたのかな、目に見えないものを伝えたくて形にしたくて人は何かを生み出そうとするのかな、うまく伝わらなくてもなんとか伝えたくて形にしたくて

愛というものはそもそも形がないからこそ人によって様々に形が変わり在りかたも変わり、それを受けとる側がそれを受け取れるかどうかも受け取る側の思う愛の形によって違うんだろうな。そんなものは愛ではないと思うこともあるだろうし、なぜこれを愛と思えないのかと不思議になることもあるのだろう

人間は言葉を得た瞬間からみんな詩人の素質を持っている


この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,563件

#眠れない夜に

69,281件