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【88】北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周 最終日 余市〜札幌② 2020年8月18日

※note公式マガジン「国内旅行 記事まとめ」「#旅のフォトアルバム 記事まとめ」「ロードレース 記事まとめ」に、この日の前半の記事「【87】北国の空の下〜余市〜札幌①」をピックアップしていただきました。ありがとうございます!


2015年の春から足掛け5年、つぎはぎで走ってつぎはぎで走ってきた「週末北海道一周」も、最終行程となりました。
夏の終わりの小樽から、札幌へと走ります。

▼ 「週末北海道一周」、ここまでの記録はこちらです。


◆ 小樽の昼下がり

祝津から小樽市街へ。
北運河へやって来ました。
わたしは、観光客の多い色内や堺町あたりよりも、この周辺の雰囲気が好きで、札幌勤務中も小樽へ走る時は、いつもここをゴール地点にしていたものです。

札幌から小樽へのライドは、定山渓や朝里峠を経由するようなハードなルートもありますが、わたしは土曜日に半日ほど出社しなければならないような日に、仕事を終えてからプロンプトンでポタポタと走って来て、晩ご飯を食べてから輪行で帰るような感じで、気軽に走るのを楽しみにしていました。

▲ 北運河公園にて

その頃のことを思い出しながら、当時と同じように、旧日本郵船小樽支店など小樽が北海道経済の中心であった当時の建物に囲まれた運河公園に腰を下ろし、羊羹など齧りながら、しばし休憩。

ここまで来れば札幌までは残り約40キロの走り慣れた道。
我が家の玄関先に着いたようなほっとした気分で、北一硝子へ足を伸ばしました。自転車旅行なので嵩張るものは買えないけれど、北海道一周の記念に、ワイングラスを買い求めようと思っていました。以前、ここで購入して気に入っていたものを、少し前に不注意で割ってしまったのです。

色内は、インバウンドなどどいう言葉がなかった時代のシーズンオフのような、長閑な雰囲気でした。いつも賑わっている北一硝子も、客よりスタッフの方が多いのではないか、と思えるほど。一人一人の客に対する丁寧な対応は昔ながらで、若い女性スタッフに声を掛けると、色々なデザインのグラス、また同じデザインでも手作り故微妙に仕上がりが異なる物をいくつもカウンターに並べてくれました。
散々迷った末、結局、壊してしまったのと同じデザインのを購入。梱包材や箱でそれなりの嵩になり、バックパックが不恰好に膨れ上がりました。

さて、昨日まで、昼も夜も海鮮系の食事が続いていました。身体は肉を欲しています。札幌へゴールしたら、今宵は「だるま」のジンギスカン、と心に決めているけれど、昼ご飯も「なると」の半身揚げが脳裏にちらつきはじめました。文字通り、若鶏の半身を素揚げにした小樽のB級グルメです。

でも、その前に少し街を走ります。人口密度の低いエリアを3日間走ってきたためか、大都会のように感じられます。小樽というと、手を伸ばせば掴めそうな低い雲の下に、古色蒼然とした街並みが沈んでいるイメージが強いのだけれど、小樽駅前に着いて振り向けば、海へと降る斜面に広がる市街地は、眩しい陽光の下で活気に満ちています。

「海の見える街」などハミングしながら、駅前の駐輪場にバイクを止めて、隣接する三角市場を覗いてみました。

緩やかな傾斜地に建てられた市場に入ると、両側から威勢の良い呼び込みの声がかかります。

その声につられて、結局、今日もまたお昼は海鮮丼になってしまいました。

◆ 張碓峠を越えて

5年ぶりの小樽なので、懐かしい気持ちで、アーケード街や旧手宮線沿いの遊歩道などをロードバイクを牽いて少し歩いてから、札幌への最後の40キロを走り出しました。

▲ 旧手宮線沿いの遊歩道

新日本海フェリーの埠頭入り口を過ぎると、南樽市場の前に出ます。三角市場とは違って観光化されていない市場で、札幌に住んでいた頃は、帰省の前に土産を買いに来たりしたものでした、ここの食堂で昼ごはんにしても良かったかな、と思います。

ヨットのマストやクルーザーのアンテナが林立するマリーナを横目に走り、再び国道6号線に合流。
すぐに張碓峠への上りが始まりました。

流石に交通量が多い。ここまで来て事故を起こしたりしないよう、慎重に路肩や車歩道を辿っていきます。
省みると、この北海道一周ライドでは、ほとんど車体トラブルに見舞われることがありませんでした。トラブルらしきものは、根室でブレーキシューが一つ脱落したことくらいで、パンクすら一度もなかったのは、幸運というしかありません。

幅広い車歩道が設置された張碓トンネルを抜けると、銭函に向けて約5キロのダウンヒル。見通しの良い直線的な下りで、つい限界速度に挑戦したくなってしまいますが、スピードを調整しながら駆け下りました。

一瞬、視界が開ける。前方には石狩新港の風力発電所が迫っています。
いよいよ大詰めが近づいてきました。

◆ ゴール

北海道の海岸線を忠実に辿ることにこだわるなら、銭函からさらに海岸線を進み、石狩川の河口でコンプリート、とすべきでしょう。しかし、石狩新港一帯の物流基地や工場が集積するエリアを走ったところで、大型車に煽られてストレスが溜まるばかりです。それに今日は南風なので、石狩川河口まで走った後、札幌市内までは遮るもののない牧草地で、向かい風と格闘せねばなりません。

従って、このまま国道6号線を走って、札幌市内へ直行することにしました。
全国どこも代わり映えがしないロードサイドビジネスが並ぶ、一本道を走っていきます。ただ、テレビ塔が林立する手稲山の姿が懐かしい。
上空には雲が多くなってきました。

そして、進むにつれて信号機の数が増え、ペースは格段に落ちました。札幌の信号機の多さには、いつも辟易とさせられていたものです。

学生時代にアルバイトに通っていた琴似を過ぎると、ようやく馴染みのある街の風景が展開しました。
こんもりとした円山が近づいてくると共に、道の両側は中層のビルが増えていきます。陽が陰ったことと相俟って、ひんやりとした秋の風を感じました。

無事に旅を終えられたお礼にと、北海道神宮に詣でました。平日の午後、静かな境内を玉砂利を踏んで歩きます。
5年前、海外から戻って札幌に赴任した時に始まった人生の1フェーズが終わり、次のステージに移ろうとしていました。もう一度、ここから歩き出すのだな、と感じます。

▲ 北海道神宮

お守りを戴いて、再び走り出しました。

南一条通に入ると、この近くで暮らしていた5年前、いつも買い物に来ていたマルヤマクラスは大規模修繕の時期になったのか、外壁は足場が張り巡らされていました。
このエリアで暮らしたのはわずか一年でした。その頃、いつも近しくお付き合いさせて貰った人達の顔を思い浮かべながら、ゆっくりと走ります。たくさんの魅力的な人が身の回りにいて、この日々がいつまでも続いてほしいと願っていたものです。

そして、当時住んでいたマンションの前を通過。
これで、北海道一周の轍は繋がりました。

しかし、これでは締まりがないので、ゴール地点は、初日の朝に通り抜けた北大キャンパスと決めていました。
コロナ禍で例年の賑わいこそないものの、夏の花々に彩られた大通公園を横切り、道庁前を通り過ぎます。

右手にJRタワーと大丸百貨店を見て、函館本線の高架をくぐる時、なぜか学生時代のこのあたりの風景が脳裏に浮かびました。
当時、函館本線は地平を走り、この樽川通がオーバーパスで線路を跨いでいました。その西側には、当時既に珍しくなっていた、踏切手が遮断機を開け閉めする踏切がありました。列車の本数が多い上、車や徒歩の交通量も多く、朝夕は通過するのが大変だったものです。
ここには土産物屋があった、ここには古本屋…と、その後も何度となくここを行き来しているのに思い出すこともなかった、往時の風景が、脳裏に蘇ります。

夏休みの北大キャンパスは、例年と違って観光客の姿がないためか、いつになく牧歌的な雰囲気に包まれていました。中央ローンでは子供を連れたママ友たちが談笑し、数人のランナーがメインストリートを行き来しています。綠濃きエルムの梢から夏の終わりの陽光が零れています。

▲ 北大キャンパスのメインストリートを走る

正門と北18条門の間を、ゆっくりと2往復走り、クラーク博士の胸像の前でペダルを止めました。

▲ ゴール

その夜は、札幌の友人に付き合って貰って、「だるま」のジンギスカンを満腹になるまで堪能し、さらに河岸を変えて美味い酒を呑みました。
夏の終りの涼やかな夜風が吹く、気持ちのいい夜でした。

▪️ ▪️ ▪️

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
北海道一周の轍はつながりましたが、もう少し、雑感や後日談を書き綴っていきます。よろしければ続きもお読みいただければ幸いです。

わたしは、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、そのほかの自転車旅や海外旅行の記録などを綴っています。宜しければこちらもご覧頂ければ幸いです。





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