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ラ クレリエールの料理集 vol.15

東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。
2020年10月にスタートした連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」では、柴田の料理人人生を振り返りつつ、なぜ今ミシュラン三つ星に挑戦するのかを綴りました。そして今度は「クレリエールの料理」を切り口に料理人として、シェフあるいは経営者として、考えていることや思っていることをお伝えしたいと思っています。

今までの連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール
 → 第五章 オーナーシェフの「仕事」
 → 第六章 ミシュラン三つ星を目指す

「料理集」のバックナンバーです。
 → 「ラ クレリエールの料理集1(第一皿~第五皿)」
 → 第六皿 パロンブのロースト
 → 第七皿(résumé) 仔羊のロースト トリュフのソース
 → 第七皿(recette) 仔羊のロースト トリュフのソース
 → 第八皿(résumé) 常陸牛のウデ肉の赤ワイン風味
 → 第八皿(recette) 常陸牛のウデ肉の赤ワイン風味

第9皿(résumé) ホワイトアスパラガスの三重奏

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この料理のポイント

*ロワール産ホワイトアスパラガス
*こだわりの火入れ
*核となる料理

成り立ち

このお料理が出来上がったのは、僕の料理人人生の中でも一番辛く苦しい日々の中でした。フランス修業から帰国し、都内のレストランでさらに経験を積んで古巣のレストランモナリザに戻り、丸の内店では1年間ダブルシェフ体制の一翼を担った後、単独のシェフになりました。何もかも順調で、それがずっと続くと思っていた矢先に、落とし穴が待っていました。
上手く機能しない調理場。スタッフたちを怒鳴りつけ、自分自身にもイラつき、河野シェフの助言も全く耳に入らない。料理は迷走し、お客様からのネガティブな声がも耳に入るようになり、厨房はさらにギクシャク。深い深い穴の中で、周りの全てが敵に思えました。とうとう心折れて家から出ることもできなくなった僕を再び立ち上がらせてくれたのは、河野シェフでした。
そこで僕はシェフとして生まれ変わった気がします。自分で意図的に変えた部分もありますが、シェフとしての芯が出来た。そうして新たに料理やスタッフと向き合い、厨房=チームとして作り上げたのが、今回ご紹介する「ホワイトアスパラガスの三重奏」です。

メイン食材「ロワール産ホワイトアスパラガス」

使うのは、ハウスで育てられたロワール産ホワイトアスパラガスです。「露地ものじゃないんだ?!」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんね。ハウスで水耕栽培されたホワイトアスパラガスは、とてもみずみずしいのが特長です。露地ものと比べると味わいや香りが淡いですが、その分、繊細さがあります。
素材そのものが強い露地ものは、加熱してオランデーズソースをかけただけで十分美味しい。だったら僕は、フレンチの料理人としてその繊細さをもプラスの特長にして、召し上がった方が「ロワールのアスパラって美味しい!」と思えるお料理を作りたい!と考えました。

オーソドックスではないが、ロジックに裏づけされた火入れ

料理人・柴田の原点は、レストランモナリザと河野透シェフです。なので、伝統的なフランス料理へ敬意をもっていますし、料理のベースには常にクラシックがあります。でも同時に、伝統やクラシックにありがちな「昔からこうやっていた」「こうするのが当たり前」を疑うことも大事だと思っています。
「ホワイトアスパラガスの三重奏」は、ホワイトアスパラガスをムース、ジュレ、ヴルーテの三層に仕立てたお料理ですが、独自の方法で火を入れています。伝統的・オーソドックスな方法からは程遠いけれど、ロワールのアスパラの特長を最大限に引き出すべくロジックを重ね、試行錯誤の末に編み出した方法で、かなり手間がかかる点でも常識外れかもしれません。
レストランモナリザ時代、料理の採用を決めるのはグランシェフである河野シェフでした。どんな自信作でも河野シェフが「NO」と言ったら出せません。そして、河野シェフはオーソドックスな方法から外れた調理には必ず「NO」を出す方でした。そこで僕は調理しているところは絶対に見せず、出来上がったものを食べてもらって「OK」をもらう作戦を敢行。スタッフと協力してシェフが厨房に入ってきたら咄嗟に隠すなどして河野シェフチェックを潜り抜け、晴れてオンメニューが決まり、スタッフとガッツポーズしたのは良い思い出です。

料理人の「核」となるお料理

「この一皿が僕のお料理の核です。」
かつて僕は、お店のFacebookで「ホワイトアスパラガスの三重奏」を紹介した際に、そう書き記しました。「#始まりのお料理」というハッシュタグ付きで。
料理人に限らず、どんなお仕事でも懸命に働けば働くほど周りが見えなくなり、自分を見失うようなことはあるでしょう。真剣だからこそ、思い詰めて深みに嵌ってしまう。
僕にとって、このお料理は「料理人として最も大事で失ってはいけないもの」に気づかせてくれたお料理、いわば料理人としての核をもたらしてくれたお料理でした。さらに、シェフとして新たな一歩を踏み出させてくれた始まりのお料理でもありました。そして、今も常に僕を支えてくれています。そういう一品を持てたことは、料理人としてとても幸せなことだと実感しています。
僕の場合は苦しんだ末でしたが、核との出会い方や得る方法は人それぞれだと思います。僕にも、また新たな「核」や「始まり」との出会いがあるかもしれません。これを読んでくださっている皆さんにも、良い出会いのあることを祈っています!(すでに出会っている方は、おめでとうございます!)

今回はなんだか「想い」がメインの話になってしまいました。『料理集』なのに、すみません。
次回はこのお料理のレシピと調理の具体的な工夫などをお話します!

<追記>
【成り立ち】で触れた経緯は、このnoteで以前連載していた『ミシュラン三つ星レストランへの挑戦』vol.13~15あたりでご紹介しています。よろしければ、ぜひ!
『ミシュラン三つ星レストランへの挑戦』vol.13
『ミシュラン三つ星レストランへの挑戦』vol.14
『ミシュラン三つ星レストランへの挑戦』vol.15

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