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ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.15

東京・白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。

第三章 「料理長」を見据えて

vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ

15.シェフとして立つ

総料理長・河野シェフの言葉の重み

電話で聞いたスタッフの話は、こうでした。
常連のお客様がモナリザに食事にいらした時、店のことをとても心配して、河野シェフに「丸の内店のシェフを変えた方が良いのではないか」と直訴された。それに対して河野シェフは落ち着いた様子で「大丈夫」と答えた、と言うのです。
「柴田は自分と長く一緒に働いてきた料理人で、モナリザの総料理長である自分が“彼なら出来る”と判断してシェフにした人間。だから、大丈夫です。」とはっきり言っていた、と。

とても有難いと思いました。しかしその時、既に僕の心はすっかり折れてしまっていたのです。すぐに河野シェフの所に行き、「自分はもう出来ない。スタッフを納得させられない。」と正直に伝えました。
河野シェフは黙って聞いていました。全て聞き終えて返って来たのは、「丸の内店のシェフは、俺がオーナーとして、そして総料理長としてお前にやらせていること。お前のやっていることは間違っていない。だからお前の思うようにやって良い。最終的な責任は俺がとる。」という言葉でした。

“シェフとして”の意識改革

「河野シェフに嘘をつかせちゃいけない」
真っ先にそう思いました。自分が丸の内店のシェフとしてしっかり立たないと、お客様に「大丈夫」と言った河野シェフの言葉が嘘になってしまう。シェフとして自分がやるべきことは何か?考えに考えて、何よりも先ずは“おいしい物”を作ろう!と心に決めました。
河野シェフや石井シェフ、小暮シェフに教わった料理であっても“おいしい物”であれば作る。そのために自分の中の意識を変え、「河野シェフの料理」ではなく「自分が勉強してきたおいしい料理」と捉えるようにしました。その上で「真似」に終わらないために、表面的な「アレンジ」ではなく自分のスタイルに「進化」させていくことを考え抜きました。

スタッフに対する考え方も、意識的に変えました。自分自身を見直す中で、「自分がシェフだから、この料理が出来る。(だから分からないと言わずに動け!)」という考え方は見栄に過ぎず、自分の身を守る鎧だったんだと気づきました。言うべきは「自分はこれしかできないから手伝ってください」という言葉でした。レストランの料理は、シェフひとりの力で作るものではない。そんな根本的なことも僕は見えなくなっていたのです。

そうして出来上がった料理を試食したスタッフたちの表情は「これですよね!」と言っていました。そしてシェフとしてもがき、研鑽を重ねる中で、僕にとってシグネチャーディッシュと呼べる料理「ホワイトアスパラガスの三重奏」が生まれました。僕自身が一番苦しい時に出来上がった料理であり、助けてもらった料理。そして僕の中のいろいろなことを変えた料理です。
この料理については、たくさん詰まりすぎているので、また別の機会にお話ししたいと思います。

達成感の、その次は

そんな紆余曲折を経て、シェフ就任2年目くらいにはようやく「うまくいっている」と思えるようになりました。システムが機能し料理がスムーズに出るようになると、どうしても作業的な色あいが濃くなってきます。3年目には「自分がやりたかったのって、これだっけ?」という想いがむくむくと湧いてくるようになりました。
70人分の料理を滞りなく出せるようになって、達成感はある。でも、新しい食材が届いた時にいろいろと試して臨機応変にメニューに組み込んだりすることは難しい。分かっていても、お見送りなどお客様と接する機会が持てるようになると「この人のために違うことをやりたい」という欲がどんどん強くなってくるのを感じました。

チームが大きいからこそ出来ることがある一方で、小さいチームでないと出来ないことがあります。両方を経験して、それぞれある程度の成果を得た自分は今の大きい組織から出て小さいチームでやりたいのか?それは単に隣の芝生が青く見えているだけではないのか?大小どちらの良さも両立させる方法はないのか?
頭の中に様々な葛藤や疑問が芽生え始めた頃、恵比寿店の岩田シェフが辞めることになり、僕がその後任となることが決まりました。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

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