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副操縦士と85歳の最高裁判事、ドキュメンタリー映画「RBG」を見た話。

元日にマニラから羽田へ向かうNH870便の機中。離陸便と着陸便を裁くのに時間がかかっているという管制官からの指示を受けて、副操縦士は離陸までに時間を要していることをアナウンスした。副操縦士の声は女性だった。航空業界は女性の活躍が目立つイメージだけれども、それは普段乗客と直接向き合っているキャビンアテンダントやグランドスタッフに女性が多いからでしかない。運航に関わるパイロットや整備士の大半は未だに男性であり、機長となると両手で数えるほどしかいない。

機内では映画「RBG」という新作ドキュメンタリーを見た。RBGというのはRuth Bader Ginsburg(ルース・ベイダー・ギンズバーグ)の頭文字、米国史上2人目の女性最高裁判事のことである。米国の最高裁判事は9人で、終身制。小柄で物静かな彼女は、85歳にして現役。1970年代から女性の権利向上や性別による給与格差などを解消するために身を捧げている彼女は、米国でもっとも尊敬されている人物のひとりであり、本作は、そんな彼女を追ったドキュメンタリー作品である。

彼女は女性だけでなく、男性の訴訟案件も引き受けていた。出産中に妻を亡くし、女性にしか認められていなかった福利厚生の受給を、男性という理由で拒否されたことに対する訴訟「Weinberger v. Wiesenfeld」のケース。住宅手当支給を拒否された空軍所属の女性が、男性と同じ権利を主張するというように、憲法修正第14条を根拠とした女性の権利主張という意味合いが強かった当時の問題認識が、実は、そして当然ながらどんな性別でも関係がないことを示す、これは記念碑的なケースだったように思える。そして1980年、当時の大統領だったカーターによって連邦裁判所の多様化が推し進められ、ギンズバーグはコロンビア特別区連邦控訴裁判所の判事に、1993年にクリントン大統領によって最高裁判事に指名された。

あまりプライベートのことを明かさない彼女らしいが、本作では1950年代にコーネル大学で会い、ブラインドデートから関係が始まった夫のマーティン(彼女はマーティーと呼んでいた)との関係について語っている。彼自身も実に有能な弁護士だったようだけれども、彼女が追求していることの意義に強く共感し、彼女を裏で支えてきた。そんな二人の関係は実に素敵だった。

このドキュメンタリーを見て知ったことだけれども、実はギンズバーグは特にリベラル派ということではなかったらしい。トランプ大統領から指名されたニール・ゴーサッチ(Neil Gorsuch)やブレット・カバノー(Brett Kavanaugh)に代表されるように、ここ数年で司法が保守にどんどん傾く中で、彼女は中道からリベラルに押し出されていったに過ぎない。

だから尚更、国民の気持ちをバラバラにしてしまうような大統領令が乱発される現政権下で、未だ独立性が保たれていると信じられている最高裁の判断は注目を集め、とりわけ無口なギンズバーグによる厳しい反対意見はメディアに取り上げられた。

高齢の彼女が引退する時、米国の保守化は止めようがなく、時の大統領の暴走を止めることができなくなる。だから一層彼女は熱烈な支持を集めることになる。それでも、少なくとも本作の中で印象的だったのは、ギンズバーグはリベラルでも保守でも、どちらの立場も尊重しているという点で、彼女はあくまでも自分の信念に基づいて判断しているように思えるところだった。

彼女の存在はミーム化し、一部では「Notorious RBG」と呼ばれるらしい。もちろん、伝説的なラッパーThe Notorious B.I.G.を文字ったアダ名だが、彼女はそのことについてどう思っているかを問われると、お互いブルックリン出身で共通点があると、おどけて見せた。

そういえば先月、ビギーの名が冠されたニューヨークのストリートが誕生するとニュースが伝えていた。きっとRBGの名前もストリート名になるに違いない。そしてあの副操縦士の女性も、いずれ機長に。

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